第37話 大きな理由

 がたごとと音を立てながら馬車を進ませて2日が過ぎた。


 これまで出会った魔物と言えば、ディアとボアがそれぞれ1頭だけだった。

 それも街道に近くを歩いていたものを退けるようにクスターさんが討伐した。


 弱い魔物とはいえ、危うさを感じない倒し方が気になって訊ねてみたが、どうやら彼は熟練者とギルドから認められるランクB冒険者だと話した。


 道理で安定感のある戦い方をすると思った。

 相応の技量がなければ、単独で護衛依頼など受けられないのかもしれないな。


 周囲警戒を十分にしながら、クスターさんは言葉にした。


「さすがに盗賊も街道まで出てくることは少ない。

 狙うとしても、そのほとんどは荷物を抱えた商人の荷馬車だからな。

 幌のない馬車は乗客もはっきり見えるから、狙ってくるのは魔物になる。

 安心はできないが、狂人でもない限りは大丈夫だろう」


 彼の言うように、街道で旅行者が狙われることは稀だと俺も聞いた。

 そもそも金銭的な価値がある貴重品を身に着けて移動しないのが常識だからな。

 それでも狙ってくるやつがいるとすれば、怨恨絡みの厄介事のほうが可能性としては高いと彼は続けて話した。


「……嫌な話だな」

「まぁな。

 俺としても見過ごせないからな。

 護るために戦うが、相手が盗賊団だった場合は"交渉"するぞ」


 現実的な全面降伏となる盗賊や野盗との交渉は、装備品や金銭を渡すことで命と馬車は奪わない取り決めらしい。

 奪う側にメリットを感じないように思えるが、闇雲に命を奪えば目が飛び出る額の懸賞金をかけられ、近隣の冒険者と憲兵が大挙として押し寄せる事態になる。

 そうなれば悪党どもは一網打尽となり、問答無用で処断されるのだとか。


 法律上の話ではなく、あくまでも暗黙のルールらしいが、これはある種の規則よりも遥かに重いもので、犯罪者も破るようなことはないとクスターさんは話した。


「それでも頭のネジが飛んだやつはいるから、油断できないけどな」

「まぁ、そうなった場合は俺も力を貸すよ」

「……済まないな、ハルト。

 最優先は、"戦えない者を護ること"だ。

 護衛者任務に就いてる先輩としては情けない限りだが、その時は頼むよ」

「あぁ」


 申し訳なさそうに答えるクスターさんだが、もしそうなった場合は俺も手伝いをさせてもらうつもりだった。

 少なくとも、人の物を平然とした顔で奪おうなんて連中を野放しにはできない。

 ただひとつ面倒なのは、捕縛する予定の連中をどうしようかと思ったことだ。


 しかし、トルサで乗合馬車の前にいた乗客を見てその心配はなくなり、同時に別の問題に直面することになった。


 現在、馬車で移動している乗客は俺を含めて3人。

 エルセさんとリクさんの、たったの3人だ。

 御者と料理人を兼任してるヘンリさんと護衛冒険者のクスターさんを入れても、わずか5人の旅となっていることにはさすがに驚きを隠せなかった。


 これには厄介な事案が一件と、乗客がいなければ馬車のメンテナンスに入るタイミングの悪さが影響していた。

 今回、俺としては特に急ぎではないが、エルセさんは怪我をした父親の確認と、リクさんもなるべく早期に片付けたい用事があるらしく、無理を言って1便だけ馬車を出してもらうところに俺が乗り合わせたというのが顛末らしい。


 エルセさんはそこまで急いでいるわけではないが、馬車が出るのならついでにハールスまで向かいたいと、俺が来る前にリクさんたちと話をしていたそうだ。

 しかし、リクさんのほうが少々込み入った事情があるようで、詳細は話せないほどの案件を抱えているらしく、最悪の場合は個人で馬車を借りてでもハールスを目指すつもりだったと、俺はトルサを出てから聞いた。


『詳しくは話せねぇんだけどな、かなり切羽詰まってんだよ。

 正直、鍛冶屋に任せる要件でもねぇんだが、俺もちょいと関わっちまってな。

 できるだけ早くメッツァラに"俺自身が"着かないといけねぇんだ』


 1日目の夕食時に、彼はどこか焦りの色を顔に浮かべながら言葉にしていた。

 それがとても重要な要件なのは聞かなくても分かるが、王都で一流鍛冶屋を経営している主人が向かわなければならないことそのものに、訊ねないほうがいいような一件であることは間違いなさそうだと俺には思えてならなかった。


 メッツァラとは、ハールスから南西にある町だ。

 こちらは俺たちが目指している町よりも遥かに大きいらしい。

 興味はあるが、この件に無関係の人間が首を突っ込まないほうがいい。


 期限はないとはいえ、俺にも目的があるからな。

 せっかく知り合えたリクさんには悪いが、俺は手を貸せない。


 まぁ、手を貸すと言っても、彼は笑いながら『気にしなくていい』と断るんだろうけどな。

 短い間だけど、街道を進みながら4人と絶えずに話をしていれば、そのくらいの性格は俺にも分かる。

 だからこそ力を貸したい、とも思えるが……。



 気になるのは、もうひとつの方か。

 大人が10人は乗れる2頭引き馬車の客が少ない理由。

 いや、それこそが大きな理由だとも思えた。


 俺も冒険者ギルドで情報だけは聞いていた。

 厄介な魔物が、森の奥から浅い場所までやって来ている、と。


 これに関してはあくまでも痕跡が見つかっただけで、実際にその魔物と出遭った冒険者はいない。

 むしろ、ひとたび出遭えば帰ってくるのも困難だとユーリアさんは伝えたかったようにも感じられる話し方をしていた。


『そんな状況で、街道を移動しようなんて人のほうが少ないさ』


 トルサを出発する直前、御者のヘンリは笑いながら話した。

 頬は若干引きつっていたが、馬車の手綱を握り続ける以上こういった問題とは避けて通れないんだろう。


 魔物や盗賊がいる世界での旅なんだ。

 それを理解せず街道を往復するなんて、できるわけがないからな。

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