第289話 とても自然なことだと

 思いがけない方との邂逅に、ただただ口を開閉することしかできない一条。

 しかし、さすがに指を人に向ける失礼さはどうかと思うが、こういったところは改善できてなかったんだよな。


 もう少しだけ時間的な余裕があれば、俺なりのやり方でしっかりと教育・・できたんだが、いまさら考えたところでもう遅いか。


 驚愕の表情で口をぱくぱくとしながら、言葉にならない音を小さく出し続ける一条に思うところも多いが、そうなってしまった理由もよく分かる。


「……なんで……どうして、ばあちゃんが……。

 いや、ここが死者の世界だと仮定するなら、それもありうる……のか?」

「現状、私の存在をどう言葉にしていいのかは判断に困るのですが、少なくとも肉体の限界から死を迎え、この管理世界に辿り着いたことは間違いありません」


 やはり、この世界は死者の国に近い意味を持つのか。

 魂だけのなった存在が必ず来る場所だとも聞いていたし、そういった意味ではここでの体験を転生後も記憶が残り続けた、もしくはそれを夢のような体験だったと判断したり、完全な創作として死後の世界を考えた、なんてことも考えられる。


 確たる証拠もない。

 けれど、憶えてるような気がする。

 そんな曖昧な記憶が残り続けたまま、新たな命に生まれ変わっているのか。


 少なくとも、そう思えるほど"前世"に関する話を聞くからな。

 それが創作上での話のみだと断言なんてできるはずもないんだ。

 実際そうだったとしても、なんら不思議なことではない話なのか。


 この世界を旅だったはずのエルネスタさんが、管理世界にいる。

 ひとつの可能性が思い当たる俺としては、女神様とのコンタクトを取ることのできるアイテムである水鏡みずかがみ制作に関わった時点で、やはり彼女存在は特別だったのかもしれない。


 その答えとなる言葉を、アリアレルア様から直接伺えた。


「元々彼女は、私の力の一端を理解できる特殊な才能をお持ちなのです。

 世界でも数人いれば多い、とても希少性の高い能力だと判断されがちですが、本来人にはその可能性が誰しもあるのですよ」


 世界を管理するためにエルネスタさんの力を借りたいとスカウトしたそうだが、もしも女神様の言うように人の可能性が言葉通りの意味で無限大だとすれば、同い年の日本人が物理にも魔法にも完全耐性を持つ存在を倒したと聞いた話も頷ける。


 ……俺に足りないのは、力を渇望するような貪欲さか?

 もしそうだとするとその同世代の男は、一般的な幸せとはほど遠い過去を背負っているのかもしれない。


 だからこそ強さを求め、到達した。

 その推察が正しいのなら、それはとても悲しい修羅の道に思えてならない。


 そう考えれば納得する。

 俺には無理だと諦められた。


 そいつはそいつ、俺は俺だからな。

 これからは世界平和のためでも、魔王討伐のためでもない。

 大切なひとをひとり護れる強さがあれば、俺にはそれで充分だからな。


「エルネスタさんにご協力をお願いしようとお話をさせていただいたのは、彼女の魂がこの管理世界へ辿り着いたあとになります。

 現状と今後のこと、そしてお仕事内容をお話した上で快諾してくださいました」

「私にできることであるのなら、女神様のために心血を注ごうと思ったのです。

 カナタ様にも、この一件に関するお話をお伝えしようと考えましたが……」

「私の一存で止めたのです」


 そうだろうなと俺は思った。

 でなければ話さない理由がないし、指導者に末席を置く俺としても反対だ。

 一条の覚悟に水を差す結果となりかねない要素は、限りなく排除するべきだ。


 エルネスタさんが旅立ち、それでも世界のためにと剣を取るのと、その先の未来が残されていたと安心した上で魔王討伐に向かうのとでは覚悟に明確な差が出る。

 特に一条の性格はそれが顕著にあらわれると、俺には思えてならない。


 絶対に伝えるべきじゃない。

 女神様の判断は、至極真っ当だと思えた。


「なんで!?

 どうしてだよ!?

 生きてるなら生きてるって言ってくれよ!!」


 ……それでもお前は感情的になるよな。

 その姿も間違いじゃないし、とても自然なことだと思うよ。

 だから俺は、そんなお前の行動も否定したりはしない。


 言葉が続かない一条は、悲痛な面持ちのままエルネスタさんを見つめた。


 実際、女神様は話せなかったんだよ。

 お前が真っすぐ過ぎる性格をしてるのを知ってるからな。

 それは決して悪いことじゃないし、直す必要もない。


 けど、もう少しだけ思慮深く行動することは心がけてもいいんじゃないかと、俺は思うよ。


「もしもエルネスタさんの件をカナタさんにお話した場合、起こりうる未来が大きく変化する光景が頭を過りました。

 それは絶望の結末が待っている、口にするのも憚られる無慈悲な未来です」


 "先見"の力で未来が見えたのであれば、俺の推察どころの話じゃなかったな。

 同時に、アリアレルア様の言葉が持つ真意を深く理解した。


 ……負けるんだな。

 その未来に進んだ俺たちは。


 それも最悪とすら言えない状況になる可能性へ、繋がっていたのか。

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