第290話 届かない領域

 だとすれば、アリアレルア様が正しいとしか思えない。


 そもそも"先見"の力で見通すことのできるものは、可能性だ。

 未来とは、無限大の道に繋がるもので、その分岐点はそれこそ数えきれないほどあるはず。


 何気ない選択の中に重要な未来が確定する可能性も含む、一見関係なさそうなものであっても大きな変化をもたらしてしまうこともあるものだと俺は思っている。


 実際、今回のように、一条に話していれば良くない結果を与えていたのだとすると、エルネスタさんのことをあえて伝えなかったアリアレルア様が正しいと言えるだろう。


 もちろん、人には未来を予見することも、知覚することもできない。

 まして無数に繋がる可能性の道を確率上で判断し、未来の結果として結論を出すともなれば、人の脳では処理しきれるような情報量ではないと思えた。


 あまりにも衝撃的な邂逅で疲れたのか。

 一条は小さくため息をつきながら、呟くように話した。


「……もういいよ……。

 ばあちゃんが元気でいるなら、それでさ……」

「カナタ様……」


 とても嬉しそうな笑顔でエルネスタさんは言葉にした。


 人としての肉体が死を迎えたのは間違いないようだ。

 現在は、人とは少し違う存在として生まれ変わらせたらしい。


 こういったことは珍しいながらも少なからずあるようで、その世界を管理する神次第では英雄や英傑など、存命だった頃に多大な功績を上げたり、誰かのために身を犠牲にした者を救済したりすることもあるようだ。


 女神の使徒や、眷属とも呼ばれることがあるそうだが、どちらも似たような意味を含むので自由に呼ばせてる神も多いとアリアレルア様は教えてくれた。


 以前と同じ容姿をしてるが、老いもしなければ病気になることもない肉体で、それこそ寿命からも解き放たれたと言い換えられそうだな。


 エルネスタさんが無事……と言っていいのかは分からないが、ともかく元気そうで何よりだ。



 しかし、問題はあの瞬間、強制介入してきた物体だ。

 どうやら女神様も想定外の事態だったようだ。

 あの一件だけは、どの未来にも出現しないイレギュラーな存在だったと、女神様は話した。


「起こりうる可能性として、私よりも力の強い存在が介入したのでしょう」


 以前お会いした際のアリアレルア様は俺の質問に対し、『あらゆる可能性を見ても、突発的な事態は発生しません』と答えた。


 続けて、『事象を捻じ曲げる力を悪用する持つ者であればそれも可能ですが』とも言葉を話していた。


 つまりはそういうことか。

 事象を捻じ曲げるほどの力を使うことで、"先見の力"が及ばないほどの影響力を与えた。

 あれ・・をこの世界に送り込んだ目的は、ろくでもない推察しか思いつかない。


 人に斃すのは不可能な存在を前に、神は地上に顕現して対処する。

 その影響は計り知れないほどの爪痕として地上に残すことになるだろう。

 最悪の場合、今回のように世界崩壊の危機を迎える可能性も十分に考えられる。


 実際、それで滅びかけたからな、この世界は。

 笑えない手段を平然と取ってくる相手なんだな。



 おまけに今回の一件で、あの闇の物体にアリアレルア様の力を解析させることも目的のひとつだったようだと彼女は続けた。


「私は"先見"と"創造"以外は配分が難しい力ばかりを持つため、基本的には地上に介入することも避けるべきだと判断しています」


 例えるなら、それはグラスに海の水を溢れさせずに流し込むようなものらしい。

 圧倒的とも言える膨大な力を小さな器からこぼさずに満たすことなど、現実的に不可能だと俺には思えてならなかった。


 そういった微妙な配分で世界を保ち続けるのがどれだけ大変か、ほんの少しだけ分かったような気がした。


 だが、気になることも出てきた。

 女神様の力を解析する理由と、膨大と言えるほどの途轍もない力を有するアリアレルア様を超える敵の存在、そして未来を見通すことすらできなかった、明らかに格上の新人女神のことだ。


 特に最後の女神が所有する能力は、"奇跡を体現する力"だと聞いた。

 それも彼女は元人間・・・だって話だ。


 ……信じられないの一言に尽きる。

 むしろ、それ以外の思考ができなかった。


 いったいどれだけの高みに到達すれば"神の領域"に辿り着けるのか。


 ……いや、それに関して言えば、もうひとり話に出てきたな……。

 恐らく、あの闇の物体ですらも斬り裂ける男が……。


 聞けば俺と同い年、それも日本人の高校生だと聞く。

 並行世界の住人らしいから会うことは叶わないが、人の身でそれだけの強さに到達できるものなんだろうかと首を傾げるくらいしかできない俺には、到底届かない領域なのは間違いない。

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