第280話 冗談じゃ済まねぇぞ
おぞましい。
その一言に尽きる。
まるで闇そのものが凝縮して形を象っているかのような姿だ。
辛うじて人の形に見えなくもないが、骨格のような細さの暗黒に闇で受肉させたようなおぞましさを強く感じた。
眼もなければ口もない。
それどころか指すらついていないように見える。
精神生命体の一種らしいから必要ないんだな。
だから寄生するように人へ取り憑いたんだろう。
……これが、魔王か。
正確にはそう呼ばれているだけの存在で、眼前にいる敵は"ただの尖兵に過ぎない"と女神アリアレルア様は言っていた。
しかし強力な耐性を持つために、並の人間に討伐は不可能だと言われる。
そんなことができるのなら、かつての10英雄が成していたはずだ。
恐らく単純な強さで言えば、それほど強くはないような相手だと思える。
まともに対峙できた上で攻撃が通用するのなら、アイナさんやレイラでも十分に斃せる相手なんだろうな。
だが一条の放った光の一撃は、魔王を深く傷つけたように見える。
唯一弱点となる攻撃をモロに食らったんだ。
さすがに左肩から腹部まで消し飛んだようだ。
大打撃を受け、体を小刻みに揺らしていた。
苦しんでいるようにも見えるが、嫌な予感がする。
俺には魔王の姿が、ただただ不気味に思えた。
それでも攻撃をしなければ斃せない。
同時に一条は最大の好機と見たんだろう。
光の魔力を練り込んだ身体強化魔法での一撃を強烈に放つ。
もう一度直撃すれば倒せるかもしれない。
そう考えた刹那、強烈な悪寒が俺の全身を駆け巡った。
「下がれ!!」
「――ッ!?」
光の一撃を当てる直前、一条は強引に足を止めて後ろに飛び退き距離を空けた。
瞬間、左肩から胸にかけて消し飛んでいた魔王が爆発するように破裂する。
離れたため難を逃れたが、あのまま攻めていれば大打撃を被っていただろう。
それほどの威力が魔王の周囲にはっきりと現れている。
玉座の横を中心に、半径1メートルが吹き飛んだ。
分厚い石造りの床が抜けることはなかったが、半円状に抉られた爪痕からは、直撃すればこちらが消し飛ばされる姿を否応なく思い知らされた。
「……じょ、冗談じゃ済まねぇぞ、ありゃあ……」
「当たるなよ一条。
魔法で強化していようと確実に消し飛ぶぞ」
「分かってんよ……。
でもよ、どうすんだ?
お前はどうやって見極めた?」
「放つ直前、全身がおぞけだつ気配を感じた。
それと一瞬、"溜め"たような隙があるぞ。
魔力だとすれば、お前のほうが理解できるかもしれないな」
『……おや?
来ないのですか?
なんともつまらない連中ですね』
心底馬鹿にするような言葉と思える"不快な音"が耳に届く。
半壊した体をぐにゃりと大きく左右へ震わせながら修復された。
何事もなかったかのように振る舞っているようだが、確実に効いてるはずだ。
むしろ、そうでなければ一条でもどうしようもない相手ということになる。
同時に、今の一撃でアリアレルア様が顕現されていないことがそれを証明しているんだろう。
「一条、お前自身の強さを信じろ。
やつは確実に"光の一撃"が効いてる。
お前の力なら、絶対に斃せると信じろ」
「……鳴宮に言われると心強いぜ。
何十発でもぶち込んでやらぁ――」
魔王との最短距離を一気に詰める一条。
魔王の真横から"涼風"を放ってサポートに入るも、手応えを一切感じない。
すり抜けているのか、それとも無効化されたのか。
その推察すらもさせない違和感が凄まじかった。
春月で直接切り込まなければ効果はないと、女神様から聞いていた。
遠距離、中距離攻撃のすべてが通用しないのであれば、目くらましとしての効果すら得られない。
本気で放った"涼風"を避けようともしてなかったからな。
どうやら本当に物理の完全無効化と、ほぼすべての魔法に対する耐性持ちなのは間違いなさそうだ。
だとすると、俺にできることは本当に少ない。
春月で放つ"紫電一閃"は、あと2回だけだ。
しかし、魔王が放つ強烈な闇の影響を軽減できてるように思えた。
それでもかなりの制限を受けているが、これだけ動ければ一条のサポートくらいならできそうで安心した。
『……ク、ハハハ……。
……フハハハ!』
不気味に笑い出す魔王に、嫌悪感を剥き出しで一条は言葉にした。
「気持ちわりぃやつだ」
「気を付けろ、一条。
何をされるか分からないぞ」
「おう!
わかってんよ!」
『……ゴミがどれだけいようと、我の計画が揺らぐことはない。
眼前で飛び回る虫にも興味を持てないが、その希望に満ち足りた表情を曇らせることには興味が出てきた』
続く魔王から発せられた気色の悪い言葉に、俺たちの心は搔き乱された。
『……さて、
おっと、すでに命は尽きていた
「――てめぇッ!!
みんなに何しやがったッ!!」
広い謁見室の端まで届くほど大きな咆哮をあげる一条だが、そのおおよそは理解できた。
しかし、理解できるからこそ血の気が引く。
この眼前で今も気色悪く笑い続ける存在は、本当に自分が楽しめるかどうかでしか動かないんだと確信した。
……なるほどな。
こんな存在が暗躍していれば、神も動かざるを得ないんだろう。
神々は俺たちの知らない世界で今も戦いを続けているのかもしれない。
正直に言えば、俺にはこの一戦だけでも十分すぎるほどだ。
これを最後に二度と関わり合いになりたくない連中だな。
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