第279話 とても大きな勘違い

 4階へと向かう階段を駆け上がる。

 だが、一条の精神に揺らぎを強く感じた。


「……くそ!

 くそ!!」

「冷静になれ、一条」

「――けど!」

「アタシらはお前たちを護るためにいるんだ。

 それくらいの覚悟はとっくの昔にできてんだよ。

 アーロンが言ってただろ、"お前の目的を忘れるな"って。

 お前にしかできないことを頭ん中で再確認しろ」

「――ぐっ」


 悲痛な面持ちだが、こいつも内心では理解してるはずだ。

 最優先はお前自身の体力を減らさずに魔王と対峙すること。

 そのためならと覚悟を決めていたみんなの意志を踏みにじってはいけない。


 下唇を噛む一条。

 しかし先ほどとは違い、瞳には鋭さが戻っていた。


 そうだ。

 俺たちの敵を見誤ってはいけないんだ。

 お前がするべきなのは、みんなの援護じゃない。

 一条にしかできないことに集中するべきなんだよ。


 4階フロアへの扉を蹴破り、回廊を全力疾走する。

 先陣を切るレフティさんとアイナさんは、黒ずくめの騎士たちを一撃で吹き飛ばしながら真っすぐ進む。

 十字に分かれた道を右に曲がり、そのまま直進した。


「見えました!

 5階、謁見室への中央階段です!」


 ここまでくれば、決戦の場は目と鼻の先だ。

 ……しかし。


「ちっ!

 最低でも200人はいるぞ!」

「先行します!」


 先頭を走るレフティさんとアイナさんは加速して、敵陣に魔力を込めた剣撃を同時に放った。

 鋭く強烈な薙ぎ払いは凄まじい暴風を生み出し、そのまま敵を多数巻き込みながら後方の壁へと吹き飛ばした。


 風圧に耐えたのは、騎士の装いをしたヒトモドキの3体。

 すれ違いざまに腹部へ一撃、右にいた敵へ回転斬り、正面の人型へ光の線にも見えるほどの高速突きを、レフティさんは強烈に放った。


「ここは私たちが!

 行ってください!」

「――くそぉ!!」


 一条は歯を食いしばりながら、フロアから謁見室へ向かう扉が付けられた上階へ跳躍する。

 俺とヴァルトさん、ヴェルナさんも続き、着地と同時に扉へ強烈な蹴りを放つ。

 階段の手すりから身を乗り出すように、一条は下階へ向かって叫んだ。


「レフティ!

 アイナ!

 ありがとう!!

 死ぬんじゃねぇぞ!!」

「カナタも気を付けて!」

「おう!!」


 扉を超えた先にある大きな回廊を進み、正面に最後の部屋が見えてきた。


 残念ながらここにも魔王の手駒が配置されているようだ。

 目視で100程度だが、最終防衛線に置くには気になる数だ。


 不敵な笑みを浮かべたヴェルナさんは言葉にする。

 何とも彼女らしい、勇ましさを強く感じさせる声色で。


「そんじゃあとは任せたぞ!

 ハルト、カナタ!」

「俺らはこの先には行けない!

 邪魔者をここで押さえ込むから安心して戦えよ!」

「任せた!!

 任された!!」

「連中も人じゃない!

 何が起こるかも分からないから油断しないでくれ!」

「「おうよ!!」」


 謁見室へと向かう回廊の扉を蹴破り、先へと進む。

 やたら長く感じるが、豪奢な装飾品が施された巨大な扉が視界に映った。


「いくぞ一条!」

「おぉ!!」


 春月を放ち、"涼風"で斬撃を飛ばす。

 両開きの扉が吹き飛んだのと同時に、俺たちは謁見室へと入った。



 ……周囲に騎士モドキはいない。

 いるのは、かつて追放された時と同じ光景。

 こちらを視界に捉えると、それ・・は口を歪めながら発言した。


「これはこれは、勇者殿ではありませんか。

 この騒がしさはいったい何事ですかな?

 王の御前なのですから、静粛に願います」

「――るっせぇよ、くそが……」


 必死に冷静さを保ち続ける一条に、高齢の男は言葉を続ける。

 そのいかにも見下した姿勢に思うところも多いが、追放された当初は気付かなかった違和感を覚える。


「……はて?

 その隣の男は誰ですかな?

 王都で活躍する冒険者とお見受けしますが?」

「てめぇ!!」

「落ち着け一条。

 お前の反応を見て愉悦に浸るクズに一々反応するな」

「"無能力者"が言うようになったじゃないか。

 まったく、勇者召喚に成功したはいいが、思うようにいかないものだな」


 つまらなさそうな気配を隠そうともしていない。

 どうやら本当に面白いかそうじゃないかで判断してるクズなのか。


 ……しかし、厄介だな。

 まずは玉座から離すべきか。


「クハハハ!

 まさかこの豚を気にしてるのか!?

 何の役にも立たない、座るだけの豚を!?

 貴様らはどこまで我を笑わせれば気が済むの――」


 仰け反りながら愉悦に浸る男へ、玉座に座ったまま手を伸ばして胸倉を掴んだ。

 想定していなかったことに目を丸くした俺たちは、凍り付くように固まった。


「――我が忠実なる家臣をこれ以上侮辱することは赦さぬ!!」

「…………汚らわしい豚が、我に触れるな」


 まるで埃を払うようにあしらわれ、王は腰から肩までを吹き飛ばされながら宙を舞った。

 虚ろな瞳のまま小さく、けれども確かに俺たちの耳に彼の言葉は届いた。


「……勇者様方……200年の、悲願を…………どう……か……」


 光の粒子となって空へ還るように消えゆく王に、俺たちは驚愕する。

 肥え太った姿の背後に、聡明さを確かに感じさせる若い男性の姿が見えた。

 同時に、そこから数々の想いと真実を受け取れた気がした。


 どうやら俺たちは、とても大きな勘違いをしていたんだな。


「……ゴミはゴミらしくしていればいいもの……を……?

 ……あ……あぁ……ロイヴァス国王陛下……」


 王の消えた場所へ両手を伸ばしながら、悲痛な想いを言葉にする大臣。


 やはり、そうなんだな。

 どこまで……どこまで腐ってやがるんだ……。


『……使い物にならないか。

 まぁ、どうでもいいことだな』


 先ほどとは明らかに違う声色と気配が大臣から漏れ出る。

 瞬間、内部から弾け飛ぶようにして何かが飛び出した。


 身体を散り散りにして吹き飛びながら、光の粒子は空へと向かう。

 とても穏やかなその横顔は、すべての束縛から解き放たれたような柔らかい表情だった。


「……ロイヴァスさ、ま…………いま……おそば……に…………」


 大臣が消失すると同時に、一条は魔王の眼前で剣を構える。

 迎撃しようとしたその刹那、"紫電一閃"を春月で放った。


「――ぉおおッ!!!」


 硬直した魔王に、渾身の一撃が直撃した。

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