第88話 錚々たる顔触れ

 町役場に設けられた第一会議室。

 主に町で起こる問題事の解決や、それに至る際にかかる費用等を話し合う場でもあるが、ここに錚々たる顔触れが集まることは非常に稀だ。

 この町に住まう一般人が見ただけで鳥肌を立たせるほどの重役が集結していた。


 パルム町長ヒーレラ・ハハト、商業ギルドマスターのクロヴァーラ・アロマー、林業ギルドマスターのヒルダ・ヒュトネン、そして冒険者ギルドマスターのマルガレータ・アルヴォネンだ。

 ここにパルム憲兵隊大隊長ウルマスと、中隊長であるヴィレンも同席する。


 これほどの重役が一堂に会することなど非常に稀ではあるが、それも仕方ないと思える大事件がパルム周辺で起こっていた。

 その事実を知る町民は限定されるが、もし知られれば大混乱となるだろう。


「時間も差し迫っておるし、憲兵からの報告を聞こうかの」


 とても人の良さそうな顔立ちの高齢男性は話を切り出す。

 パルムの町長ヒーレラ・ハハト、その人である。


「はい。

 先日捕縛された"連絡役"と、町中に潜伏していた盗賊どもの情報から興味深い事実が浮上し、問題の内通者も捕縛しました。

 これは林業ギルドから報告を受けていると思われますが、その件を含め憲兵隊や冒険者による合同調査隊の網の目を潜るよう情報を流していたようです。

 すでにその男と繋がりのある組織も検挙してあります」

「……情けない限りですが、捕縛されるまで林業ギルドは気付けずにいました。

 沼周辺の植物に関しての調査は度々行っていましたが、まさか冒険者や憲兵の動向を内通していた者がいたとは、長を預かる立場として不徳の致すところです」


 円卓に置かれた席を立ち、頭を深々と下げる30代後半の女性。

 人となりと能力の高さから、その若さで林業ギルドを任されるに至った人物だ。


 彼女は深謝するが、正直なところ部下のすべてをギルド長が把握できるほど、パルムの住民は少なくない。

 それこそ人を見ることも生業にしてる商業ギルド所属の熟練商人でもなければ、見破ることも難しいだろうと理解する他のギルド長は、彼女を叱責しなかった。


「それはいい。

 続きを聞こう」

「はい」


 はっきりと言葉にする40代の女性は、話を戻すようにウルマスへ促した。

 眼光の鋭さは、一線を退いた現在でも色あせることのない武人を物語る。

 この町の冒険者ギルドを預かる、マルガレータ・アルヴォネンだ。


「現在も聴取は続けておりますが、おおよその情報は掴めたと判断しました。

 お手元にある資料へ記載してある通りですが、くだんの盗賊団についての行動と、首謀者がいると思われる拠点の割り出しを4か所まで絞るに至っています」

「……多いな。

 レピスト湖沼を囲うにしても、所属冒険者では足りないぞ」

「それについては憲兵隊を派遣することである程度は補えます。

 精鋭以上の冒険者も多数必要となりますので、マルガレータさんの協力は必須となりますが」

「かまわん。

 すでにある程度の選別は済んでいる。

 あとは人選を精査し、作戦決行に合わせて依頼するだけだ」


 行動の速さに感謝しつつ、ウルマスは報告を続けた。


「我々が取れる手段は大きく分けてふたつ。

 森の魔物を退けながら盗賊団を追い詰めるか、それともある場所へ誘き寄せたところを捕縛、ないし討伐するか、です。

 地形と"ヴィレムス"が群生している点を考慮すれば、前者はありえません。

 入手した情報から盗賊団のおおよその総数も判明しましたが、あくまでも最低数と判断した上での作戦を練り、拠点の東と南を固めることであぶり出します」


 魔物を呼び寄せる固有植物が群生している以上は、こちらも下手に手を出せなかったのが現状だ。

 それでも今回入手できた情報から絞られた拠点を制圧することを目的とすれば、可能とするかもしれないと考えられるほどの状況にまで好転していた。


 地形を利用できるのは連中だけではない。

 そう言わんばかりの強い意志を込めてウルマスは言葉にし、彼の作戦に対して商業ギルドを預かるクロヴァーラは冷静な口調で訊ねた。


「少数精鋭の編隊を西に配置し、手薄と思わせたところを潰す策ね。

 そう巧く片を付けられる相手なら、とうに潰せていると思えるけれど?」

「それについては林業ギルドの専属薬師が制作した"魔物寄せ"を使います。

 使用には弓に長けた冒険者の協力が不可欠ですが、これについてはすでに人選も済ませてありますので、会議の後にマルガレータさんとの協議をさせていただこうと思っています」

「おおよその見当はついた。

 書面での報告でかまわない」


 魔物を呼び寄せることで退路を断つ。

 町民からは非人道との声も挙がりかねないが、これまでの被害を鑑みれば手段を選んでる場合でもなければ優しく対応をしてくれるような連中でもない。

 ここで一気に潰せなければ今度はこちらが付け入られる可能性も高く、甚大な被害を被りかねない以上は悠長なことなど言っていられない。


 相手は盗賊、それも統率の取れた連中であるのは火を見るより明らかだ。

 法律上も問題にはならないが、そうはいっても取りたくない手段ではある。

 それでも、背に腹は代えられないと言わざるを得ないのがパルムの現状だった。


「……綺麗事では済まされないからの。

 これまでの被害総額は4700万キュロを優に超えておる。

 ここらで一網打尽にできなければ、町民の安寧は保てぬ。

 故に町長であるワシの一存で、そのすべてを認可した。

 責任もこのワシが取るから作戦に集中してほしい」


 彼なくしてパルムの発展はありえない。

 そう言い切れるほどの才能と人望を持つヒーレラを失うことになれば、それこそこの町が揺るぎかねない事態となるのは目に見えている。


 なんとしても今回の作戦を成功しなければならない。

 一同は各々に覚悟を決めながら、パルムの将来を見据えていた。

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