第89話 覚悟なくして

 会議は続き、現状報告とその対応策についての協議に入る。

 それぞれが取るべき対応も違えば管轄も異なるからこそできる話し合いだ。


 しかし"レピスト湖沼"の大きさはかなりのもので、ある程度拠点を限定したとしても完全に包囲することは、本作戦に参加できる者たちの総数を考えると不可能に近い。


「サポートに向かえる距離を離すことで広範囲をカバーする。

 同時に、魔物の壁を形成するように仕向ければ、より盤石となる。

 それなら現状でも参加できる冒険者と憲兵の合同捕縛隊でも十分に可能だ」


 沼地周辺を拠点に構える連中には、あまり利用されない手段だ。

 防衛線となる可能性はまず起きないと予測される以上、こちらが先に仕掛けることで優位に立てるだろう。


「本作戦に必要な物は商業ギルドが確保しています。

 商人を後方で待機させますので、状況に応じてご利用ください。

 長期戦となることは限りなく低いですが、その場合は即時食品ギルドの協力を仰ぎ、水を含む食料品の調達をする予定です」


 安全が確認された後方であれば、盗賊との戦闘に関わらずに済む。

 であれば、戦うことを専門とした冒険者でなくとも可能とする商人は多い。

 サポート体制が確たるものとなるのなら、前線で戦う者たちにも良い影響を与えることは間違いないだろう。


 だが、誘き寄せるポイントに看過できないほどの大きな問題があった。


「西側の、特に"ポイントⅡ"は厄介だな。

 この一帯は濃霧が長時間留まる場所として有名だ。

 だからこそ迎え撃つには最適とも言えるが、並の使い手では突破されかねない。

 セラフィーナは別の依頼で町を離れているから参加できないぞ」


 セラフィーナ・エルヴァスティ。

 このラウヴォラ王国で唯一、最高峰の"ランクS"に到達した女性だ。


 他を圧倒する隔絶された領域にいる剣豪を作戦に組み込めない点は痛い。

 彼女がひとりいるだけでも劇的に変わると評価される使い手を参加させられないことは、逆に言えば作戦の成功率を著しく低下させると判断する者もこの場には多かった。


「濃霧による視界不良に加え、連中は魔物を回避する手段を持つと予測される。

 さらに言えば魔物との挟撃を考慮した上での作戦となる以上、想定しているよりも遥かに重い精神的負担を参加者に与え、長時間の作戦行動も難しくなるだろう。

 現在動ける冒険者はランクBの上位からAの中位がほとんどだが、はっきり言って戦力不足は否めないどころか、私の予測では突破される可能性が限りなく高い。

 この穴は、ウルマスとヴィレンを入れても埋まるものではない。

 どうするつもりだ?」


 マルガレータはウルマスに視線を向けながら訊ねた。


 冒険者を預かる長が言うのだから、セラフィーナ以上の戦力はないと判断しての発言なのだろうことはこの場にいる全員が理解できるが、勝機と見た憲兵隊の招集により開かれた会議なのだから、その穴を補って余りあるカードが用意されていると考えるのも当然と言えた。


「様々な悪条件を考慮すれば、本国最強の騎士と謳われる"レフティ・カイラ"並の敵との遭遇を想定するべきだ。

 それくらいの覚悟なくして本作戦の成功はありえない。

 私はそう判断する」


 ラウヴォラ王国最強の騎士にして、知略に長けた人物と言われている。

 それほどの敵を想定しなければ濃霧の中、突発的な対処もできずに後れを取ることになるだろうと彼女は考え、一同もそれに同調する。


 さすがにそれほどの使い手が盗賊へ堕ちた者にいるわけがない。

 そう考えることの危険性に気付けぬ者がギルドの長となれるはずもなく、彼女の言葉が否定されることはなかった。


「失敗は絶対に許されない。

 取り逃がせば二度と好機は訪れないと肝に銘じて行動する必要がある。

 パルムに住まう民すべての命を背負うほどの並外れた重圧に耐えられる胆力と、強者を圧倒できる凄まじい使い手がいないのであれば、本作戦を実行するには時期尚早と言える。

 セラフィーナを待つのが得策だ」


 瞳を閉じ、腕を組みながら言葉にするマルガレータ。

 それを理解できぬ者など、この場には同席していない。

 情報不足も相まって、連中に手を出せずに辛酸をめていた。

 ここにきて状況を一変する情報が手に入ったとしても、戦力的に穴がある現状では動かないことが得策だと判断されても仕方がない。


 ……だが。

 瞳をゆっくりと開けた彼女は、確証があると言わんばかりの明確な口調でウルマスに訊ねた。


「……確実性のあるやつ・・・・・・・・なんだな?」

「そうだ。

 彼ならば、いや、彼にしかできないと判断してのことだ」

「口調、戻ってるぞ。

 そのほうがお前らしくて話しやすいが」

「……ごほん」


 自然と出ていた言葉遣いを正すように、ウルマスは咳払いをした。


「ポイントⅡの指揮は私が執り、最大戦力としてある冒険者の起用を提案します」

「……ふむ。

 ワシにはセラフィーナ殿ほどの使い手がパルムにいるとも思えぬのだが、それほど信頼の置ける者なのか。

 良ければその御仁の話を聞かせてもらえるかの?」

「はい。

 もうお気付きの方もいると思いますが、彼は18という若さでありながら離れた場所にいる"連絡役"を捕縛し、町中に潜伏した盗賊をふたり拘束、並びに先日の憲兵隊が引き起こした失態でもある逃亡者を素手による武力で単独制圧しています。

 さらにはサウル・サーリヤルヴィとヴェルナ・ルオナヴァーラの2名とチームを組み、リーダーとして活動することを両名から直接聞きました」


 ざわりとしたどよめきが、そう広くない室内に響く。

 それだけの意味が発言者の言葉には含まれていた。

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