第94話 取れすぎている

 対象が20メートルにまで迫るも、これほどの濃霧では視界に映らないか。


 だが、連中から発せられる気配は別だ。

 いくら姿を消せるアイテムを持っていようと、たとえ足音を立てなくする技術を体得していようと、あふれ出す気配のすべてを感じさせなくするには途轍もない技量が必要になると学んだ。


 相手を襲おうとした瞬間、それらは体の内側からにじみ出る。

 特に負の感情は肌に直接重々しく感じるほど強烈なものだ。

 人の命を摘み取り、目的のためなら手段を選ばないような連中であれば鮮明に感じられるから、なおのこと知覚しやすい。


 連中は特有の気配をその身に纏う。

 町中で偶然見つけた奴らもそうだった。


 おぞましい負の感情。

 どす黒く、触れられない衣のようなもの。

 そんな異質で気色の悪いものを纏っていれば、見て見ぬふりはできない。


 しかし、町で捕縛したふたりとは明らかに違う気配が3つ。

 言葉では言い表せないほどの悪感情が体にへばりついている。


 ダメだ、こいつらは。

 絶対に捕縛しなければ不幸を撒き散らすだけだ。

 連中の存在、特に中央の頭と思われる人物は確実に捕まえなければならない。


 害悪だ。

 それ以外の何ものでもない。

 そう強く確信させるだけの悪感情を纏っていた。


「距離10メートル。

 行動を開始する」


 仲間たちに一言伝えたのち、木陰から一直線に駆け出す。

 なるべく静かに近づくが、それも耳に届く範囲から警戒されるだろう。


 案の定、連中の足が止まった。

 しかし目と鼻の先まで敵が迫る現状で、周囲警戒に移るのは下策だ。


 周囲は濃霧が立ち込めてる。

 その場から移動しなければ狙い撃ちにされるだけだ。

 だがこちらとしては、慎重に行動してくれるのはありがたい。


 魔道具ごと、纏めて吹き飛べ。


 その場に急停止して地面を強く踏みしめる。

 右足を前に、左足をやや後ろに置き、深く腰を落とす。

 左親指で剣を鞘からわずかに出し、足に力を十分に溜めてから体を大きく一回転させ、居合を放った。


一葉ひとつば流武術・薙ノ型、"涼風すずかぜ"――」


 剣を振り終え、鞘に納めると同時に暴風が吹き荒れ、盗賊共に襲い掛かる。

 ヴェールが舞い上がるように吹き飛び、姿が露呈したことで連中を視認できた。


 4名の盗賊は後方へ激しく転がった。

 だがボスと左右のふたりだけはその場に留まったようだ。

 威力は相当抑えたから仕方ないが、それでもヴェールは取れたか。


 やはり連中だけは別格だったな。

 あの3人は盗賊の力量を超えている。

 推察が答えに近づくが、今はどうでもいい。

 瞬時に詰め寄り、ボスと思われる強者を狙う。


 しかし、護衛者・・・に阻まれた。


 判断が早い。

 動きが並の盗賊じゃない。

 統率の取れた連中ですらなかったようだ。

 こいつらは、統率が取れすぎている・・・・・・・

 故に、その可能性がより鮮明に頭をよぎる。


 "帝国兵"。

 北東に位置する危険思想を持つ国の、それも相当の強者だ。

 指揮官クラスに副官2名と思われる連中が、本国から離れたこんな場所で行動する理由は図りかねるが、ロクでもないことを企んでいるのは確かだな。


 そこまで首を突っ込む気はないし、依頼されてもさすがに断るだろう。

 だが、連中をこのまま放置すれば大変な事態になるのも間違いない。


 一気に片付け、自決する道を取らせる前に生きたまま捕縛する。

 ここまですることで、ようやく完全勝利が見えてくる依頼になりそうだ。


 ボスを護るように遮る左の取り巻きAに接近する。

 振り下ろされる剣を持つ手へ右こぶしを斜め下から当て、武器を落とさせた。

 確実に指の骨を砕き、苦痛に歪む男の肝臓に目がけ抉るような左の痛打を放つ。

 左手で相手の右腕を引き寄せながら、右ストレートを人中じんちゅうへ叩き込んだ。


 後ろに仰け反り、地面に倒れるよりも早く横にいるもうひとりへ距離を詰める。

 腰の回転と足首をひねりながら取り巻きBの腹を蹴り飛ばし、直線状にいたボスへ目がけて贈り物を届けた。

 衝撃に耐えられず、後方で剣を構えるボスごと地面に転がした。


 手下を押しのけようとする直前、取り巻きBの腹を強烈に踏みつけ、同時に見えていたボスの額へ右こぶしを痛烈に放ち、地面に軽くめり込ませて意識を断った。


 地鳴りのような衝撃が周囲に響き渡るほどの威力を見せたが、これくらいでちょうどいいだろうと俺は思っていた。

 中途半端な攻撃はかえって反撃されることも考えられるし、こういった連中は旗色が悪くなると最悪な手段を平然と選びかねない。


 敵国兵ならば、なおのことだ。

 身元が判明される事態は望まれないはず。

 だとすると自決用の対処もする必要があるだろうな。


 先ほど吹き飛ばした残党の処理をしようと意識を向ける。

 ようやく立ち上がろうとする様子から察すると、残りはただの盗賊のようだ。


 それに、どうやら俺はもう動かなくても良さそうだな。

 そう感じた瞬間に左右から3人の冒険者が俺を追い抜き、残党を捕縛した。

 俺のことを心配して声をかけた男性と、ウルマスさんに大丈夫かと訊ねた男性、俺が進言する直前の態度に注意を促そうとしてくれた男性の冒険者たち3名だ。


「確保」

「こっちもだ」

「同じく捕縛。

 周囲に残党はいるか?」

「いや、いない。

 そいつらで最後だ。

 迅速な対応に感謝を」


 さすがランクA冒険者だな。

 アートスたちには悪いが、反応速度も戦闘技術も比較にすらならない。

 サウルさんとヴェルナさんにも言えるが、先輩は本当に頼もしいな。

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