第4話 大きな借りができた

 王城から続く町を騎士ふたりに掴まれながら歩くのは、追放されることに不服のない俺としても色々と精神的に堪えた。

 ざわめく人々が避けるように道を開け、さながら罪人の気持ちを体感するなんて、一介の高校生では生涯体験することはない出来事だろうな。


 中央広場に出ると、中年騎士は俺が履いてるズボンのポケットに何かを入れた。


 ……まさかとは思うが、それをネタに咎められるのか?

 危機感を募らせながら入れた本人に視線を向けると、男はこちらを真っすぐ見据えながら言葉にした。


「黙って歩け」


 正直に言えば、この時の騎士が取った行動に驚きを隠せなかった。

 もしこれが発覚すれば、彼もただでは済まないはずだからだ。


 *  *   


 街門の先、見通しのいい平原が広がる場所で俺は解放された。

 無駄と分かっていても、念のため聞いておくか。


「この世界に必要な最低限の知識を教えてもらえないか?」

「許可されていない」


 一言、中年の騎士は答えた。


 ……なるほど。

 "許可"、か。


 声色は淡々としていたが、その瞳はどこか怒りにも似た色を感じさせた。

 どうやらこの国は、そう遠くないうちにクーデターが起きるかもしれないな。


 まぁ、王が一条を側近として抱え続ければ抑止力になると思うが、"伝説の勇者"とやらがどの程度の強さかにもよるか。


 とはいえ、長居は避けるべきだ。

 難癖付けられて王国軍と揉める気はさらさらない。

 さっさと隣国に向かったほうがいいだろうな。


 そんなことを考えていると、中年騎士は隣の若い騎士へ話しかけた。


「そういや、今夜は雨が降るかもしれないな」

「……はぁ。

 こんな日に街道警備をしなきゃいけないなんて……」

「そう愚痴るな。

 最近は街道を逸れると盗賊が出るからな。

 近いうちに森へ討伐隊が派遣されるだろう。

 俺たちも参加する可能性が高いぞ」

「……また、殉職者を見送ることに、なるんすかね……」


 ここではない、どこか遠くを見つめながら若い騎士は言葉にする。

 そんな彼に中年騎士は、少しだけ穏やかな口調で答えた。


「新婚のお前くらいは守ってやるさ。

 この周辺で厄介なのは盗賊くらいだからな。

 ゴブリンやボアの間引きは若手冒険者の仕事だ。

 王国騎士団の俺たちが呼ばれることはないが、敵対してる西の大国はこちらに攻め込もうとしてるかもしれないから、注意は必要だな」

「そうなんすか?

 西の国にはこちらが一方的に敵視してるって聞いたっす。

 穏健派の多い、世界でも穏やかな国って話っすけど、違うんすか?」

「あぁ、悪い。

 北東の帝国と言い間違えた」

「また考えごとをしながら話したんすね……。

 そんな言い間違いするの、先輩だけっすよ……」


 黙って話を聞いていると、若い騎士はこちらに視線を向け、煙たそうに話した。


「ってお前、まだいたんすか!?

 さっさと離れろ! シッシッ!」


 迷い込んだ動物を追い払うように手を振る若い騎士へ、舌打ちをしながら睨みつけた中年騎士は俺に向き合い、真面目な表情で言葉にした。

 ……指針を指で示しながら。


「さっさと行け。

 もうじき正午になる。

 夕方過ぎに王都で見かければ逮捕するぞ」


 力強くこちらを見つめる男性の瞳は、やがて申し訳なさそうな色が込められる。

 そんな彼へ伝わるか分からないが、俺は男性を静止させるように右手を向けて答えた。


「わかった」


 瞳に宿る色を見て判断できたんだろう。

 中年騎士はわずかに口角を上げ、振り返って王城へ向かった。



 西の街道を歩き続けながら考える。


 どうやら厄介なのは、あの王様みたいだな。

 それと取り巻きの連中、特に大臣などだろうか。

 町の様子は活気を見せているようでその実、違和感を覚える。


 どこか怯えたような表情にも思えた。

 王位継承されたことで国が傾きかけているのかもしれない。

 これは早めに西の国へ向かったほうがいいだろうな。


 馬鹿そうな王だったし、刺客を送られることになってもつまらない。

 本当にクーデターが起きかねないから、早めに離れるか。


 ズボンのポケットに入れられた1枚のコインを手にする。

 何かを入れられたことは分かっていたが、それをネタに逮捕しようとするなら本気で抵抗せざるをえなかった。


 ……銀色で大きめのコイン。

 これがどれだけの価値があるかは分からない。

 だが、露店で一瞬見かけた硬貨が銅色のものだったことを考えると、これはそれなりの価値があるものと思っていいだろうな。


 あの中年騎士には多くの情報をもらえた。

 強制召喚と王都追放を差し引いても大きな借りができた。


 できれば言葉でお礼を言いたかったが、彼に迷惑がかかるからな。

 もう一度逢うことができたら、その時にはしっかりと伝えよう。


 追放されたことをポジティブに考えれば、自由にすればいいだけだからな。

 彼からもらった情報では、王都に入れないことはデメリットでもなさそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る