第35話 よろしく頼むよ

 ようやく起き始めた男を見下ろしながら、冷たく言い放った。


「起き上がるまで随分のんびりとしてるじゃないか。

 その状態がどれだけ危険なのか、本当に理解しているのか?」

「……る、せぇ……まだ、死んでねぇだろうが!」


 強気の姿勢は悪くないが、その考え方は間違いだ。

 相手に致命傷を与えられる状況を作り出した時点で"負け"なんだよ。

 だがその表情から、ただの皮肉を込めた言い訳なのが理解できる。

 内心では気付いてるはずだが、もう少し時間はかかりそうだな。


 気合を乗せて言葉にする一条。

 しかし精神論での改善など、そう簡単にできるわけもない。

 どう聞いても負け惜しみにしか受け取れなかった。


「ぶっ潰してやんよ!!」

「分かった分かった。

 御託はいいからさっさと来い。

 そろそろ痛みも消えた頃だろ?」

「――のッ!!」


 地面を強く蹴り、こちらに勢い良く迫る。

 さっきから面白いくらい挑発に引っかかってるんだが、これの改善はアイナさんたちに任せるとして、俺は俺のできることをしよう。


 一条は右こぶしを胸に向かって放った。

 体の中心を狙えば的もかなり大きくなる。

 ここなら攻撃が確実に当たると思ったのか。


 若干速度が速くなっているが、問題にもならない。

 結局は素人が腕を振り回してるだけにすぎないのだから、そんなものが真剣に武術を学んだ者に当たるはずもない。


 続けて顔面に放たれる左こぶしを上半身だけでかわし、腹を狙ったフックのような右こぶしを1歩後ろに下がることで回避した。

 その行動で自分の猛攻に俺が怯んだと、こいつは感じ始めているんだろうな。

 根本からそれを否定するように一条へ釘を刺した。


「気が付いてるか?」

「あぁ!?

 何をだよ!!」


 腕を振り回し続ける男へ言い放った。


「俺はお前に、一度も攻撃してないぞ」

「隙が無くて攻撃できないか、攻撃する余裕もないんだろ!?」

「そう言うと思ったよ――」


 迫り来る右こぶしを左手の甲で弾き、一条の隙を作り出す。

 同時に半歩前に出て強めの右ブローを腹部へ直撃させた。

 痛みで一瞬止まる程度の威力に抑えたが、それが致命傷になっていることもこいつは分かっていない。


 顎に向けて左アッパーをこつんと当て、体を軽く上に向ける。

 右のリバーブローから左ストレートを額に目がけて放った。


「――ごはッ!?」


 後ろに大きく仰け反りながらも体勢を立て直す姿に、気合だけは十分なんだけどなと、空回りしている無駄に強い精神力にため息が出た。


 正直なところ、こんなものは攻撃とも呼べない。

 威力も極端に下げてるから致命的なダメージは受けないし、意識を刈り取るつもりもない。


 一条に伝えたいことも薄々分かり始めてるな。

 俺がその気になれば、たったの一撃で命を奪える技量があると。

 それでも攻撃をやめようとしない不屈の精神力に、将来性を強く感じた。


 同じように右こぶしを振り上げて襲い掛かったことにため息が漏れるが、今度は当たる直前に寸止めして両足を掴み、体勢を崩そうと試みたようだ。


 だが、奇襲が通じるほどの瞬発力など今のこいつにはない。

 そんなものに当たってやる理由なんて、これっぽっちもないからな。

 するりとタックルをかわし、一条に触れられるほどの距離ですれ違う。


 瞬間、自分の行動を後悔した気配を感じた。

 飛び込んだことの代償にいまさら気が付いたんだろうが、もう遅い。

 足に優しく触れる衝撃を与えただけで体勢を大きく崩した一条は、なす術もなく地を転げた。


 その隙を待ってくれるほど敵は優しくない。

 剣帯から鞘ごと外し、地面で寝ている男の首筋に当てる。


 血の気を引かせた男へ、俺は威圧を込めて断言した。


「いくらお前が勇者だろうと、致命傷を負えば死ぬんだ。

 これはゲームでもなければヒーロー物のアニメでもない。

 お前が"選ばれた者"だとしても、負ければ死ぬ・・・・・・

 それで終いだ」


 首筋に当てた鞘の近くを冷汗が流れ落ちた。

 負ければどうなるのかを理解できたようだな。


 あまり言いたくはないが、こいつにはこの言葉も効くだろう。

 しっかりと理解した上で自分に足りないものを手に入れてくれ。


「お前が負ければ、後ろのふたりが危険にさらされることになる。

 その意味は俺が言葉にしなくても、お前なら十分理解できるはずだ」


 ふたりからは、とても悲しげな気配を背中越しに感じる。

 当然のように分かった上で、それでも彼女たちはお前を放っておけなくて行動を共にしてくれてることに、いい加減に気付けよ。

 一条ならその意味も、どうすればいいのかも理解できたろ?


 戦意喪失した一条に歩み寄る女性たちに、俺は穏やかな声色で言葉にした。


「ふたりが傍にいてくれるなら俺も安心だ。

 悪いけど、この馬鹿をよろしく頼むよ」

「お、おい!?

 誰が馬鹿だと!?」

「えぇ、分りました」

「……ん。

 任せて」


 とても優しい気配が彼女たちから溢れた。

 しょうもないガキだが、決して悪いやつじゃない。

 勇者としての気概は十分だと俺には思えたし、こいつがまともに鍛えていけば魔王も倒せるはずだ。


 いや、こういうやつだからこそ倒せるんじゃないだろうか。

 立ち上がって体についた埃を落とす一条を見ていると、素直にそう思えた。


「ふたりもなに答えてんだよ!?」

「いいのよ、カナタ。

 あなたは私たちが護る・・・・・・から」

「……カナタはとっても恵まれてる。

 ナルミヤ君をもっと大切にすべき」

「ワケわかんねぇし!!

 次は必ず俺がぶっ潰してやっかんな鳴宮!!

 憶えとけよ!!」

「あぁ、憶えとくよ」


 眩い黄金の鎧を朝日に煌めかせた男は町の中央へ向けて歩きだし、こちらに感謝を込めて会釈した保護者の姉ふたりは小走りで一条に駆け寄った。


 その姿を見た俺は安堵のため息をつく。

 ふたりがいてくれるなら、あいつも大丈夫そうだ。


「……結局、目立つ格好はやめたほうがいいと言えなかったが、本人はいたく気に入っているみたいだし、好きにさせておくか」


 独り言を口に出しながら、俺は乗合馬車へ向かって3人から離れた。

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