第259話 お前らが言うな
そんな彼に、俺は誠意をもって応える必要がある。
しかし、言葉にできる情報は限りなく少ない。
中途半端に話をしたところで説明にもならない。
それでも、伝えないよりはずっといいだろう。
俺はバルブロさんに、詳細を伏せながら話した。
「あくまでも仮定の話として聞いてほしい。
もしも仮に、王国兵士たちと敵対せざるを得ない状況になった場合、俺たちを置いたまま馬車でトルサに引き返してもらえるか?」
「……穏やかじゃねぇな。
そいつは俺にも面倒事が降りかかるってことじゃねぇのか?」
「ないと思いたいが、そうなる前にトルサに戻ってほしいんだ。
俺たちには"為すべきこと"のために引き下がれない。
けど、バルブロさんは違う。
ただ馬車を引いて俺たちを運んでくれただけだ。
ここからならまだ顔も判別できないはずだから、問題にはならない」
……失言か、今のは。
少し言葉足らずだったな。
案の定、突っ込まれた。
「王国兵士を舐めすぎだ。
馬車を引いた時点でおおよそは割り出せる。
トルサは小さい町だから、本気で調べようとすれば30分もかからねぇぞ。
むしろ、片道分の移動時間のほうが遥かに長いだろうよ」
……そう言われると思ったよ。
だからこそ、俺も間髪入れずに言葉を返せる。
「そうはならない理由があるから大丈夫だ。
もしも兵士たちが敵対してくれば、叩き伏せたまま俺たちは王都へ入るからな」
「……正気か?
王都だぞ、ここは……。
お前らたった7人で
……やっぱりそう思ってたんだなと、俺は苦笑いが出た。
思えば、色々と問題事を抱えた国だったみたいだからな。
その可能性を真っ先に考えるのも当然だと思えた。
バルブロさんに答えたのは一条だった。
勇者として聞き流せない内容が含まれていたからな。
反論するだろうとは思っていた。
「……なぁおっさん、念のため言うんだけどよ。
俺たちは何もクーデターしようってんじゃないんだ。
それに、誰にも恥じない生き方を心がけてるつもりだし、これからする行動にも何ら恥じることはねぇと断言するよ。
……でもさ、どうしても俺たちは王都に行かなきゃなんねぇんだ。
理由は言っても理解できねぇし、納得させられるほど説明する時間もねぇ。
けど、誰かが悲しむようなことだけはしないと誓うよ」
「……」
馬を歩かせながらも考え込むバルブロさんは、決めあぐねているのか。
仕事に強い信念を持った彼を説き伏せるのは難しいだろうが、それでも俺たちの目的が変わることはないし、王都へ向かう選択をやめたりはしない。
だがどうやら彼は、俺の想像した通りの人物だったようだ。
その心意気に嬉しくも、どこか申し訳なくも思えた。
「お前らが悪人じゃねぇのは初めっから分かってんだ。
並々ならねぇ覚悟で動いてんのも、本音を言えば一瞥した瞬間から分かってた。
唯一、分からなかったのは"その目的"だ。
クーデターじゃないと言いながらも、返済してもらうつもりだと言ったな?
そいつはつまり、ここにいる戦力を動員してようやく倒せるような、とんでもねぇ大悪党がいるってことになる。
王国兵士と敵対するってんなら、敵がいるのは王国の中枢に限られる。
それぞれの副団長サマが関わる大事件から判断すれば、その敵も見当がつく」
さすがに情報を伝え過ぎたか。
それとなく伝わる程度で話をするってのは難しいな。
そんなバルブロさんに一条は目を丸くしながら言葉にする。
……正直に言えば、この反応も予想していたことではあるが。
「……すげぇな、おっさん……。
いったい何モンだよ……」
「お前らが言うな、お前らが」
大きなため息をつきながら呆れられた。
魔王が近いせいか、俺も気が急いてるのか。
少し良くない精神状態だな、これは。
バルブロさんがここまで情報を引き出したのも、俺が不用意にキーワードを与えすぎたせいだ。
当然、一条は気付かない。
そしてサウルさんたちは……言うまでもない、か。
この状況で5人が口を開けば、かえって不自然に思える。
とはいえ、すでにおおよその答えまで辿り着いてしまったバルブロさんに何を言ったところで伝わらないだろうな。
「金鎧の小僧は、なんでそこまで分かるのかってツラしてるな。
ひとつだけお前に言うことがあるとすれば、こうだな。
……あまり俺を舐めるんじゃねぇ。
そのくらいの推察はいくらでも立てられる」
強い口調とは裏腹に、こちらを見る彼の真っすぐな瞳は覚悟を確かに感じさせるものだった。
……凄い人だ。
王国を敵に回す可能性があると理解しながら、それでも彼は俺たちのことを心配してくれている。
こんなことありえないとすら、俺には思えてならなかった。
この先に待ち受けるのは王都。
ラウヴォラ王国でもいちばん堅牢で、最高峰の武力を有してる場所だ。
……でも、バルブロさんには関係ないんだな。
いや、むしろその逆だからなのかもしれない。
「そもそも、そんなお前らを見捨てられるほど腐っちゃいねぇんだ。
どの道、お前らと別行動を取ったとしても、俺は後ろから付いてくだけだ。
なら一緒にいたほうが、色んな意味でいいだろ?」
一理あるとは思う。
だがこの先に待ち受けるのは破滅かもしれない。
逆に言えば、どこにいたとしても俺たちが負ければ同じことではあるが。
「……わかったよ。
バルブロさんさえ良ければ、俺たちの知りうる情報を掻い摘んで話すよ。
王都内で時間が取れたら、その時にはしっかり話させてもらう」
「……いいのかよ、鳴宮。
おっさん巻き込むことになるぞ」
「お前も分かるだろ。
彼の覚悟は本物だし、俺たちのことを心から心配してくれてる。
何が正しいのか、どうするべきなのかは話を聞いた上でバルブロさんが判断すればいい。
それでも行動を共にするって言うなら、俺からはもう何も言えない」
「ありがとよ。
……けど、一筋縄ではいかねぇ話みたいだな……」
「あぁ。
俺たちが失敗すれば、世界は破滅するからな」
「……んぁ?」
目を丸くしつつも訝しそうな顔で、彼は首を傾げた。
しかしこれから話す内容は、彼が生きてきた中でいちばん衝撃的で、そう簡単には受け入れがたいものになるだろう。
それでも俺たちに同行してもらえるのなら、こんなに嬉しく、頼もしいことはない。
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