第3話

「ジ、メル」 ライ――それが彼の名前なのだろう。兵士たちが畏敬を込めて口にしたシーヴァ・リューという言葉は、彼の階級なり称号なりであろうか。

 メルと彼が呼びかけた女性にライと呼ばれたその男は、右手でフードの上から頭を掻いた。それから、右手をまっすぐに伸ばして掌を下に向ける。

「ジャザ――リー・ファイル・リーシャ・エルフィ」

 それでふたりの兵士が敬礼を解く。彼らはふたたび手にしたおおゆみを両手で保持し、小さくうなずいた。

「ジ」 ふたりの兵士たちが、低く抑えた声でそう返事をする。ライと呼ばれた男はそれにうなずき返すと手近の太い樹木のひと株に歩み寄り、幹の部分を手で探った。なにを見つけたのか率いる兵士たちのほうを振り返り、

「ジャラ。ファラウ・ダー」

 その言葉に、兵士たちが一様に小さくうなずく。

「ファルサ・ティッカ・エル・ディーゴ。ライト・ズヤ・サン・ドゥ」

 ライが口にしたその言葉が、隊列変更の指示だったのだろう。彼らはライを先頭のうちのひとりにして二列縦隊を組むと、ふたたび手にしたおおゆみを様々な方向に向けながら歩き出した。

 明らかに、彼らは一方向を目指して進んでいる――先頭を歩くライの動きを見るに、彼らは彼らの進行方向に向かってほぼまっすぐに残った二本のわだちをたどっている様だった。苔した柔らかい地面に深く喰い込んだ車輪の跡は、グリップや排水性を確保する目的の様々なパターンを持つタイヤの痕跡トレッドではない――幅十センチくらいの溝状の跡を見れば、それが金属もしくは木製の、溝などを持たない車輪のものであると知れた。

 おそらくは馬車のものなのだろう、二本の轍の間に蹄鉄の跡があり、その左右に無数の足跡が残っている――走ったりはしていないのだろう、馬車の左右を固める足跡の間隔は歩行している人間のものだった。

 ややあって、ライが片手を挙げる――それで兵士たちは足を止め、皆一様にその場でひざまずいた。ライも同様にその場で膝を突き、後続の者たちにここで待てという様に手振りで示す。

 なにを見つけたのかはわからない――ひざまずいたライが、抑えた声で小さなうめきを漏らす。

「ナンダ、コノニオイハ――」 『ナンダ、コノニオイハ――』、そのつぶやきがなにを意味するのかはわからないが――否、そうではない。

 『なんだ、この臭いは』だ――

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