第4話

 半地下の牢獄につながる扉が蝶番だけを残して失われているのは、おそらく木製の扉が多湿の環境で腐って無くなったのだろう。その一方で、金属製の鉄格子や蝶番は錆のひとつも浮かんでいない――というよりも丁寧に磨かれた直後の様につややかだ。格子扉と一体化した錠前は残っているものの鍵が失われているからだろう、格子扉は鉄格子と絡みつかせる様にして巻きつけられた鎖の両端を錠前で留める形で施錠されている。

 錠前は片側にピンが入って半回転する棒状の部品の反対側を錠前本体に嵌め込んで留めるもので、いわゆる南京錠のたぐいではない――アンティーク調の錠前に、こんなのがあった気がするが。

 男たちが施錠するのに使っていた鍵の形状からすると、現代日本で見られるシリンダー錠に比べて相当原始的な構造のものだ――もしかするとそれこそ大泥棒の三代目のアニメの様に針鉄一本で破れるのかもしれないが、今はそうはいかない。

 胸中でつぶやいて、春馬はスロープの上のほうを見遣った。

 山砦の中庭で火を焚き馬鹿騒ぎをしている連中の姿は、そちらに視線を向ければすぐに視界に入ってくる。逆に言えば、この牢獄からの脱出を試みれば必ず彼らのそばを通らねばならない――全員が寝静まる様な状況にならない限り、脱出は難しいだろう。

 仮に脱出に成功したとしても、そのあとどうすればいいのやら――自分たちの取るべき行動を測りかねて、眉根を寄せたときだった。

 彼らにとっても、青天の霹靂だっただろう――カタンという妙に機械的な音に続いて短く甲高い風斬り音が聞こえ、それが途切れると同時にスロープを登った先の広場がにわかに騒がしくなったのだ。

「――!」

「……!」 賊たちが何事か叫んでいるが、なんと言っているのかはわからない――だがなにを言っているのかはわかった。仲間たちに警戒を促しているのだろう。

 次々と風斬り音が聞こえ、そのたびに悲鳴が聞こえてくる――少女を人質に取ろうとしたのだろう、スロープを駆け降りてきたふたりの男のうち先行していたひとりがスロープの上から撃ち込まれた矢に膝裏を撃ち抜かれ、凄絶な悲鳴をあげながらその場でつんのめる様にして崩れ落ちた。

 後続の山賊が仲間の体に躓いて、彼の体に覆いかぶさる様にして倒れ込み――次の瞬間左足に履いたブーツの踵に続いて撃ち込まれたもう一矢が突き刺さり、その矢は恐るべき威力を示すかの様に全体が男の脛の骨に沿って脚に喰い込んだ。踵から骨に沿ってまっすぐに伸びた脚を貫き、おそらく鏃は胴体に達している。即死は免れた様だが、その激痛は察するに余りある――のたうち回ることも出来ないまま、賊の口から聞くに堪えない絶叫がほとばしった。

 どこかもしれないこの場所でも、人間はぎゃあああと悲鳴をあげるのだ――状況についていけずにそんなことをぼんやりと考えたとき、

「ダー、ダー、ダー!」 スロープの上から、若い男の声が聞こえてきた――なにを言っているのかは知るよしも無いがおそらく仲間に対する合図だったのだろう、次の瞬間スロープの上から鬨の声が聞こえてきた。

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