第3話

 山賊たちは自分たちで斬った生徒も含めて負傷者を治療する気は無いらしく、負傷した者たちをまとめて牢獄のひとつへと放り込んだ。この状況であれば添乗員の女性も女性としての身の危険が問題になるだろうが、間の悪いことに立ち上がってしゃべっているときにバスごと妙な場所に放り出されて急ハンドルのとばっちりを喰ったために重傷を負っており、山賊たちは彼女に興味を示さなかった――もちろん、それがさいわいかと言われればなんとも言えないが。

 止血もろくにされないまま意識を失って放り出された人間が、いったい何時間持つだろうか――腕時計から判断する限り、すでにほぼ十二時間が経過しているのだ。 仮に助かっても障碍が残る可能性もあるだろう――呼びかけにまったく応える様子が無いところを見ると、あるいはもうすでに死んでいるのかもしれない。

 焦燥感に歯噛みしながら牢の格子に歩み寄り、負傷者たちが閉じ込められている牢のほうに視線を向けると、彼らのいる牢から斜め向い、負傷者たちの牢よりもうひとつ向こうの牢にひとりの少女が閉じ込められているのが視界に入ってきた。

 彼らがここに連れてこられたのと同じ時期に、ここに連れてこられた少女だ――正確に言うなら、あの山賊たちは彼女をここへ連れてくる最中にバスの事故現場に通りかかったのだろう。そして平和ボケした間抜けな若者たちが、相手を確かめもしないまま助けを求めてホイホイ声をかけたわけだ。

 こんな状況でなければ、彼女に見惚れてなにも頭に入らなかっただろう――その少女は、一言で言えばとんでもなく美しかった。

 目鼻立ちが整っているというだけではない、まるで王侯貴族の令嬢の様に気品に満ち溢れたたたずまい。こんな状況で不安をいだいていないわけはないだろうに、物怖じしない毅然とした立ち姿。透き通る様な白い肌は、日差しの強くない土地の民族の出身であることを窺わせた。長い金色の髪はシニョンの様に編んで、後頭部で巻いている。

 その少女は格子のそばで、視界に入ってくるはずもない隣の牢獄に気遣わしげな視線を向けていた――山賊たちは真っ先に彼女を投獄したが、だから彼女は隣の牢に負傷者たちが放り込まれているのを知っている。

 山賊たちは牢の格子を棍棒で殴ったりして騒ぐ彼らを脅したりはしていたものの、少女には手を出そうとはしなかった――おそらくは負傷者たちの手当てを要求していたのだろうが、山賊たちに何事か声をかけていたのは知っている。

 山賊たちも最初は彼らにした様に棍棒で格子を殴りつけたものの、それで彼女がまったくおびえた様子を見せなかったので、要求は無視したもののそれ以上はなにもしなかった。

 おそらく、彼女になにかしらの価値があるのだろう――彼女だけは食事を与えられていたし、牢獄に幽閉されてはいるものの室内に篝火を置かれている。扉以外の全周を石壁で囲まれた牢獄に入れられているのも、おそらく鉄格子の面積が少なく風が吹き込みにくいからだ――山賊たちがどういった事情であの少女を拉致してきたのかは知らないが、彼女に体調を崩されては困るのだろう。

 少女がこちらの視線に気づいてか、春馬のほうへと視線を向ける。目が合ったとき、彫像の様な、しかし温かみのある面差しに相手を安心させる様な優しげな笑みが浮かぶのがわかった。

 小さな唇が動いて、何事か言葉を紡ぎ出す――なんと言っているのかは当然ながらわからなかったが、微笑みながら口にされたその言葉は、彼らを勇気づけようとするものだったのだろう。立派なものだ――女性である彼女のほうが危険は多い。それはわかっているだろうに、他人を気にかけて勇気づけようとしているのだ。

 だが――

 彼らがいる牢獄は山砦のスロープを降りてすぐの場所にあり、かつ扉や門のたぐいは朽ちて失われている。砦の地上の構造物は敷地を囲む一部が崩落した塁壁と、その塁壁と一体化した構造物で、建物の大部分は残っている。牢獄は構造物の真下に位置するので、つまりこの牢獄の真上に兵舎などがあるのだ。

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