第13話

 ライが確認したのは、つまりトランクリッドの開閉状態だろう。開いていれば、乗客が自分たちの荷物を取り出した可能性がある――単に横転の衝撃で開いただけの可能性も否定は出来ないが。

 だがトランクリッドは開いていない。

「つまり少なくとも、自分の意思で出ていったわけじゃないってことか――運転手ひとりだけだったとしても、荷物を調べて使えそうなものを探すくらいはするだろうからな」 思考を整理するためか口に出してそんなことをつぶやきながら、ライが顎に手を遣って少し考え込む。

……」

 そんなつぶやきを漏らすと、ライはそれまで手にしていた小さなナイフをシースに納め、ベルトからぶら下がっていたシースをポケットに押し込んだ。

 それから、少し離れた場所の地面に視線を投げる。

 苔生した地面に喰い込む様にして、蹄の痕跡と細い轍の跡が残っている――ライたちがもともと追跡していたと思われる痕跡だ。

 蹄と人間の足跡には一度停止した様な痕跡があり、バスのほうからそこまで続く足跡が残っていた。あとは馬車のそばからバスのほうへと駆け寄る様な足跡も残っている。

 入り乱れた足跡は、やがて合流して森の奥へと続いていた。

「捕まったか」

 状況を整理する様にそうつぶやいてから、ライは足跡をたどる様にして馬車の来た方向に引き返すと、数メートル歩いたところで足を止めた。

 ブーツの踵で地面を削り取る様にして、足跡の進行方向に直角に交差する直線を引く。

 一メートルほどの間隔で二本――靴底についた土を落とすために手近な巨木の根元を爪先で数回蹴飛ばしてから、ライは今しがた引いた二本の線の間の足跡を指差しで数え始めた。

「二十七人……多いな」 バスのそばにとって返しながら漏らしたつぶやきからすると、今の行動は足跡の数から人数を推測するためのものであったらしい。

「……ん?」 なにを見つけたのか、ライが視線をバスが衝突した巨木に向ける。

 バスの衝突の際に無慙に樹皮が剥がれた巨木の根元にかがみこんで、ライはなにかをつまみ上げた。

「髪の毛か」 ライが拾い上げたのは、血のこびりついた髪の毛の束だった。数十本の毛髪が絡まり合って落ちていたのだ。髪には皮膚がへばりつき、打撃によって皮膚ごと引き剥がされたことを窺わせる。

 が車外に落ちているということは――

「やっぱり無理矢理引きずり出された――否、違うな。全員かはわからないが、少なくとも何人かは自力で脱出して負傷者も外に出した。偶然なのかなんなのか、近くにが通りかかって、助けを求めて泣きついたら襲われた――ってことか」

 ライはそういう結論に達した様だった。

 車内でどこかに頭を撃ちつけたのなら、毛髪はその附近にへばりつくはずだ――車外にあるということは車外に出たところで殴られてその打擲ちょうちゃくで頭皮が剥がれたか、もしくは突き飛ばされて木に頭をぶつけた結果頭皮が剥がれたのだ。

 無論、車外に出たところで自分で転んだ可能性も無くはないが――

 ちょっと転んだ程度では、頭皮が毛根ごと剥がれる様なダメージは受けないだろう――それほどのダメージを受けるのならそれは転倒ではなく、棍棒などの鈍器を用いた打撃によるものだ。

「泣きつく相手が悪かったな――まあ後の祭りというやつか」 そんなことを独り言ちて、ライは周囲を見回した。

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