第12話
棚をまたいで内装とガラス片を踏みにじりながら、ライはひととおり奥まで車内を進んでいった。
だが――
「誰もいないか」 壁――天井にもたれる様にして体重を預け、ライが軽く腕組みする。
外に足跡が残っていたのだから、出ていったこと自体は別に驚くことではない。誰も残っていないということは、少なくとも重傷者はほとんどおらず、死者の数も少なかったであろうことを示唆している。
ライの足元のガラス片の山の上に、コンビニで売っている様な五百ミリリットル入りの野菜飲料の紙パックが落ちていた――中身が飲みきられていたおかげで、そこらに内容液をぶちまけたりはしていない様だが。ただそこかしこに吐瀉物の痕跡があり、鼻を突く胃液の臭いが漂っている。
荷物は見当たらない――セレガ・ハイデッカーは車体の下部に、乗客の荷物を収納しておくためのトランクがある。乗客が何人いるのかはわからないが――ELRが作動して伸びきった状態になったシートベルトの数から判断する限り、乗務員も含めて四〇人程度――、手荷物などほとんど無いだろう。いいところゲーム機やスマートフォン、雑誌や小説、漫画本程度か。
液晶画面の割れたNintendo Switchや反吐まみれになった異世界転移もののライトノベルが足元に落ちているのを見下ろして、ライはなにか思うところがあるのか皮肉げに唇をゆがめた――だがすぐに表情から感情を消して、あらためてあたりを見回すと、
「携帯が無いな――」 そのつぶやきの通り、床には携帯電話が落ちていなかった。携帯ゲーム機や本は持っていなくても、平成三十年の高校生ならスマートフォンは誰でも持っているだろうに、それが一切残っていない――これもNintendo Switchと同様の運命をたどったスマートフォン数台が例外か。壊れていては役に立たない。
「人はいない、荷物も無い――せめて生きた携帯電話が残ってれば、このバスが飛ばされてきた正確な時期がわかるんだがな」
車内には誰もいなかった――運転手や添乗員も含めて、この手の車なら四十人くらいは乗れるはずだが。
「自力で出て行ったのか、それとも引きずり出されたのか――」
ライはそんなことを独り語ちてから、狭苦しい車内から車外へと取って返した。フロントシールドが砕けた開口部から外に出ると、少し離れた場所まで移動してバスのほうを振り返る。
「開いてないか」 横転したバスの側面には、乗客の荷物を入れておくためのトランクスペースがある――旅行会社にチャーターされる観光バスや、高速バスに見られるものだ。
このセレガに限った話ではないが、こういった観光バスのフロアが高い理由はふたつ――ひとつは客席を高い位置にして見晴らしを良くするため。もうひとつはフロア下に、荷物置き場を確保する――そこらを巡回運転している乗り合いバスと違って、観光バスや高速バス、空港バスのたぐいは荷物を乗客と一緒にその荷物を運ぶことがあるからだ。
この場合の『荷物』というのはちょっとしたリュックサックなどではなく、トラベルバッグのたぐいだが――身ひとつや膝の上に置けるハンドバッグやバックパック程度ならともかく、車内にトラベルバッグなど持ち込んだ日には乗客の乗り降りもままなるまい。
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