第14話

 薄暮明くらがりでわかりにくいが、地面に血の跡が残っている。かなり量が多い――鈍器で殴られたりしたときの出血の量ではない。剣で斬られた傷跡だ。

 足跡の大部分が馬車に混じって立ち去っていることから推すに、何人かが斬られたり殴られたりして制圧されたあとで残る者たちは捕まって連れて行かれたのだろう――現代日本の高校生なら体力的には引けを取らないだろうが、目の前で仲間が斬られるなり殴られるなりされても抵抗を続けるほどのメンタルの強さはあるまい。

「だとすると、そいつらがここにのは――」 そんなつぶやきを漏らして、ライはバスが衝突した巨木へと視線を転じた。

 バスが衝突したことでバス自体もフロント部分がぐしゃぐしゃにひしゃげて潰れているが、巨木自体も衝撃で傾いている――まるで大きな紙を両手で押さえてそのままたがいの手を近づけたら紙が浮き上がる様に、衝突した側の樹皮が剥がれたときに幹の全周に渡って樹皮が浮き上がっていた。

「駄目か……もう枯れちまうな。伐り倒して薪にするか」 無慙に樹皮が浮き上がった巨木を見上げて、ライがそんな言葉を口にする――木の樹皮は根から吸い上げられた水を全体に供給する役割をしており、樹皮が全周に渡って剥がれると木は枯れてしまうからだろう。

「まあいい――とりあえずは仕事だ。どうも厄介が増えてそうだが」 がりがりと頭を掻きながらそんなぼやきをこぼしつつ、ライはバスと衝突した木を廻り込んで車体下面側へと移動した。

 車体の下側はエンジンルームなど後方の一部を除いてほぼフラットで、その下に補強や懸架部品をボルト留めするためのフレームがある――箱型の車体を補強するためのものではなく、フレームの上に箱状の車体を載せてあるのかもしれないが(※)。

 ライは車体下面に近づくと、軽く膝を曲げてから地面を蹴って跳躍した――車体の中央を背骨の様に貫くフレームに足をかけてさらに跳躍し、地上から約二・五メートルの車体の縁に手をかける。

 そのまま一気に体を引き上げて車体右側面の上に飛び乗ると、ライは外板の剛性が気になっているのか一歩一歩足元を確認する様にしながらボディパネルの上を歩き出した。

 バスが横転した地形は平坦で、勾配がついたりはしていない――ここ数日雨が降っていないからだろう、滑る恐れも無い。普通に歩いても大丈夫だと判断したのか、ライはサイドウィンドウとトランクリッドを避ける様にして一番近くのトランクリッドへと歩み寄ると、そこでボディパネルに膝を突いた。

 セレガ・ハイデッカーのトランクリッドは左右にそれぞれ三枚あり、いずれもほぼ同じ大きさで跳ね上げ式ではなく上方へスライドさせる形で開放する――トランクルームは左右それぞれ別にはなっておらず車体を貫通しており、どちら側からでも積み込まれた荷物をすべて取り出すことが出来る。

 ライはトランクリッドのそばに膝を突くと、手を伸ばしてトランクリッドの取っ手に手をかけた――動かしてみても、トランクリッドが開く様子は無い。

 

 続いて中央と後部寄りのトランクリッドの取っ手を動かしても、反応する様子は無い――それが確認出来れば十分だったらしく、ライは立ち上がってそのまま二・五メートル下の地面に飛び降りた。

 危なげ無く地面に降り立ったライが、車体がひっくり返ったために剥き出しになったバスの車体下面に視線を止める。

 直接衝撃ダメージを受けていないからだろう、燃料タンクは無事だった――アメリカなどにあるボンネットバスはともかくとして日本国内で運用されている箱型のバスは例外無くリアエンジンなので、前方には燃料系の配管は一切届いていない。

「軽油か――ガソリンなら使いでもあるんだが」

 そんなぼやきをこぼしながら、ライは車体を廻り込んでメルのいる車体後部近くまで戻った。メルヴィアが拾い上げていたコンパウンド・ボウを受け取り、周りを見回して散開した兵士たちに声をかける。

「イジム」

 その言葉に集まってきた兵士たちにライが早口で何事か指示し、兵士たちが首肯を返す。それでバスを探索する用件は終わったのか、彼らはふたたび縦隊を組んで歩き出した。



※……

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 どれもこれも上下ひっくり返ってるけど、こないだバステク関西で撮影してきたセレガ・ハイデッカー現行型の車体下面の画像です。ちなダブルタイヤになってるほうが後輪。


 写真のセレガ(底)は二〇一八年七月発売の現行車ということで四月に納車された作中の車輌とは時期が合わないんですが、マイナーチェンジ内容がシフトチェンジシステムのオプション設定やEDSS(緊急時走行停止装置エマージェンシー・ドライビング・ストップ・システム、ドライバーの体急変時にボタンを押すことで車輌を緊急停止させる異常時対応システム)と可変式スピードリミッターの標準装備、全客席のELRつき三点式シートベルトと客席シートベルト未装着警告燈のオプション設定などでマイナーチェンジ前と基本は変わっておらず、撮影してきた写真はそのまま使えそうなのでこれを参考に三菱から日野に変更しました。

 共同開発車輌のためほぼ共通した特徴を持ついすゞのガーラも含めて日野自動車といすゞの合弁会社であるジェイ・バスの小松事業所で生産されており、共同開発と言いつつ開発自体は一括して日野が行っています。そのためセレガのフルモデルチェンジ車をいすゞにOEM供給しているという見方も出来ますね。おっと、現状だとが正しいのかな。

 ガーラのエンジンだけでいいからいすゞから供給してれば、セレガと一緒にガーラまで販売出来なくなることは無かったのにね。


 gooブログにアップロードしたやつなんですけど、なんでか知りませんがあそこうpすると横倒しになったり上下逆転したりするんですよねぇ……スマホで撮った画像だからだろうか? あ、でも前に古式鍛錬の写真をうpしたときはそんなことなかったけどなぁ。

 横転したバスとか書くときは良かったら参考にどうぞ。

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