第31話

 ライは兵舎の中を偵察していない――中に人がいた場合外から覗けば確実に見つかるし、内外で人の行き来がある以上人数を確認しても確実性に欠けるため、危険に見合わないと判断したからだ。代わりに彼は、中にいる人間を燻し出して始末することに決めた。

 正確に言うならのだ――ライいわく、空振りに終わってもなんの問題も無い。要するに保険の様なものだ――誰もいなければそれでよし、いれば燻し出されてライの矢かガラたちの餌食になる。最悪なのは誰もいないと高を括っていた兵舎の中に敵がいて、そいつに不意討ちを喰らって味方に被害が出ることだ。

 ライの世界では、烽火フォークルのことを狼の煙と書くらしい――もっとも目立つ黒色の煙を出す火を焚くときに、燃料の中に狼の糞を混ぜるのが由来なのだそうだ。

 なら、同じ様な雑食性の生物である人間の大便でもさして変わらないのではないか――という判断で、ライは投げ込む鞄の中身に人糞を混ぜさせた。発案者が彼でなかったら、叛乱も考えたところだが。

 続いて自分の鞄の中から、硝子シリン製の瓶を取り出す――中に入っているのは装備品に火を放つのに使われたのと同様、ライがと呼ぶ薄紅色に着色された彼の世界の液体燃料だ――自体もさることながら、瓶そのものも異界の技術の産物であるらしい。なにしろ軟木の栓を入れたりせず、捩じ込み式の栓を軽く締めるだけでほぼ完全に気密されるのだ。

 自体が別世界の驚異の産物ではあるが、勿体無いことにライがした様に振り撒いたりはせず、栓だけを回収してから室内に投げ込んで叩き割れと言われていた――どうせ叩き割るなら栓などはずしてもつけたままでも一緒なのだろうが、なにか理由があるのだろうからいちいち質問する気も無い。

 その指示に従ってガラは上の窓に、先輩の兵士は下の窓に、それぞれ瓶を投げ入れた。

 こちらの世界の硝子シリンの瓶がそうである様に、ライとメルヴィアが持っていた瓶もさほど頑丈なものではない――ライは細く裂いた竹を編んだ籠に入れて保護していたが、今はそれもはずされている。瓶は石造りの部屋に投げ込まれ、あえなく砕け散った。

 最後に――言われたとおりに筒状の蓋をはずした中から出てきた棒状の部分に白い内蓋の先端についた茶色い箇所をこすりつけると、シュッと音を立てて棒状の部品が火を噴いた。

 炎と煙をあげるを窓から投げ込み、そのまま距離をとる――ライの予測通りであれば、酷い臭いのする煙が出てくるはずだ。

 離れているので臭いはわからなかったが、窓からもくもくと黒い煙が噴き出してくる――単に煙だけが問題なわけではない。

 ライいわく、物が燃えるときには人間が呼吸の際に絶対に必要とする空気中の成分を消費する。それが無かったら、人間はたとえ呼吸が自由な状態であっても息が出来ずに窒息死することになる。はその代用の役割を果たすことが出来るが、量が知れている――じきに炎はを消費し尽くし、兵舎の中の空気を蝗のごとく喰い潰し始めるだろう。

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