第32話

 中にいる人間は煙で喉と目をやられるか、その絶対に必要な一成分が無くなったことで空気中で溺死するか、窓なり入口なりから脱出を試みてガラやライの餌食となるか――

 ひゅっ――魔物の月マァル・シャーイの月光に照らし出された黄金色の光の筋が、軽い風斬り音とともに視界を水平に走り抜けた。入り口から姿を見せた賊を、ライの放った矢が撃ち斃したのだろう。入口から姿を見せた直後に斃したからか、反対側にいるこちらからでは状況がわからないが――

 ライが次々と矢を放ち、そのたびに悲鳴があがる。

 十分な数を仕留めた、あるいは行動不能にしたと判断したのか、ライが声をあげるのが聞こえてきた。

行けダー行けダー行けダー!」

 攻撃開始の命令に応じて、それまで隠れていた六人の兵士たちが賊へと襲いかかる――もともとライの制圧射撃で怪我人が続出していたうえ、手近に置いていた装備品には火が放たれていたのだ。そして次々と矢を射かけてくるただひとりの攻撃者――ライに注意が集中していた。

 深酒が原因で反応の遅れた賊が側面から斬りかかられてすすべも無く首を跳ね飛ばされ、切断面から噴水の様に血を噴出させながらその場で倒れ込む――白刃取りの要領で友軍兵士の斬撃を受け止めた賊は次の手を打つよりも早く脇腹に矢を射込まれ、続く一撃で首を刎ね飛ばされた。一撃目は跳び退って逃れた賊が射殺されて地面に倒れ込んだ仲間の体に足を取られて尻餅を突き、続いて振り下ろされた一太刀で肩を割られてごぼごぼという水音の混じった絶叫をあげる。

 と――兵舎の向こう側の陰から、男がひとり姿を見せる。無論友軍ではないが、下で今仲間に狩られている賊たちとも違う感じだった。

 たいして体力も無さそうな、神経質そうな痩せぎすの男だ――兵舎前の壁上通路をこちらに向かって走ってきた男がガラたちに気づいて急制動をかけるよりも早く、ライの射撃で綺麗に足を払われてその場で転倒する。

 地につけようとした足の靴底を、矢の一撃で刈り払われたのだ。咄嗟の判断で走っている人間の靴を狙い、怪我を負わせずに転倒させる――実に鮮やかな絶技ではあったが、それに感心している暇は無かった。

「ガラ、そいつを抑えろ!」 次の矢をつがえながらも、ライの短い指示が飛ぶ。ガラはすぐさま男に駆け寄り、柵もなにも無い壁上通路から転落しかけてぎりぎりのところで持ち直した男の鳩尾に脚甲の爪先で蹴りを叩き込んだ。

 体をくの字に折って踏み潰された蛙の様な声をあげる男の体を俯臥せに抑えつけ、片腕を背中に捩じ上げる。

「ひぃぃぃっ!」 痛みによるものかいきなり転倒させられた混乱のためか、背中を膝で押さえつけられた男が情けない悲鳴をあげる。

「は、放せ!」

「あいにくこっちも仕事でね」 そう返事をして膝に体重をかけると、髪の長い痩せた男はぐえっと踏み潰された蛙の様な悲鳴をあげた。

 そのときには、広場の制圧も終わっている――三十人を超える数の敵が武器を取ることもままならないまま一方的に蹂躪され、死亡もしくは瀕死の状態に追い込まれているのだ。すでにほとんどの者は息絶えているか、まだ息のある者も重傷を負って身動きもままならない状態だった。

 状況は終わったと判断したのか、射撃体勢を解いたライがその場で立ち上がる。

「四人で東西の入り口を封鎖――ふたりで兵舎の入り口を固めろ、中で燻した奴らが意識を取り戻して出てきたら対処を頼む。ガラ、抑え続けるのが面倒だったら手足を全部折れ。口さえ利ければそれでいい――ああ、舌を噛まれない様に口の中になにか詰めておいてくれ」 ライはそう指示を飛ばしてから、メルヴィアを促して階段を降り始めた。

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