第33話

 

   §

 

「四人で東西の入り口を封鎖――ふたりで兵舎の入り口を固めろ、中で燻した奴らが意識を取り戻して出てきたら対処を頼む。ガラ、抑え続けるのが面倒だったら手足を全部折れ。口さえ利ければそれでいい――ああ、舌を噛まれない様に口の中になにか詰めておいてくれ」 兵士たちにそう声をかけ、ライは軍用の矢筒をその場に残して立ち上がった――別に返せとは言われないだろう。

 それに――この場所に軍用の矢と矢筒を残していくのは、誘拐犯一味の計画内容が明らかになった時点ですでに予定に入っている。

 ガラが抑えつけているのは、黒い服を身につけた痩せぎすの男だった――見るからに神経質そうな、小心そうな男だ。ライが身に着けている様な全身をすっぽりと覆うマント状の外套ではなく、袖つきのコートを羽織っている――それまでは兵舎の中で眠っていたのか外套は襟が半分めくれ、いかにもあわてて着込みましたと言わんばかりの姿だった。

 あれがケニーリッヒだろうか?

 まあ、面通しはあとですればいい。身長二メートル超、体重はライよりたぶん五十キロは重い――体格に恵まれたガラと中肉中背痩せ型のケニーリッヒ(仮)では、体格差がありすぎてとうてい拘束を振りほどけまい。手配書が出回っているという話だから、誰かしら人相書きを見たことのある者もいるだろう。

「だ、そうだ。一応言っとくが、あの人本気で言ってるからな――暴れないほうがいいぞ」 ガラが周りになにか布の塊が無いかと探した結果なのだろう、ケニーリッヒ(仮)の脱がせた靴下を彼の口に詰め込みながらそんな言葉をかけている――いい感じに醸されているであろう靴下を口腔に押し込まれてもがくケニーリッヒ(仮)のうめき声に適当に首をすくめ、ライはメルヴィアを促して壁上通路側に移動した。

 メルヴィアがライに続いて壁の内側の階段を降りながら、

「漂流者は何人くらいいるのかな?」

「あのバスの大きさだと、四十人ちょっとはいけると思うがな――席の数を数えてないからはっきりわからないが」 そんな会話を交わしながら広場に降り立ち、ライは立ちこめる血の臭いに顔を顰めた。

「――まあ何十人乗れたとしても、そいつらが生きてるかどうかは別問題だよ」

 適当に手を振って臭いを追い払いながら、斜面スロープを降りて地下牢へと足を向ける。背後でメルヴィアが立ち止まったのか足音が聞こえなくなったが、まあどうということもあるまい。

 靴に小石でも入ったのだろうかと思いながら、ライは斜面スロープを降りきったところで足を止めた。

  ふたりの賊が斜面を降りたところで折り重なる様にして倒れ込み、身動きもとれないままその場で悶絶している――ひとりは膝裏から矢が突き刺さって骨に喰い込んで止まったのだろう、膝裏から矢が生えている。もともとアーランド軍標準規格の矢の全長がライの遣う矢よりも若干短いことに加えて、とっさの早撃ちクイックドローだったので引きドロウが十分でなかったために初速ヴェロシティが足りなかったのかもしれない――鉄鏃てつぞくのついた矢をライが普通の感覚で撃てば、骨を砕きながら貫通しているはずだ。

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