第34話
もうひとりは長靴の踵に突き刺さった矢がそのまま靴底を貫いて足に喰い込み、ちょうど膝が伸びて脚が真っすぐになった瞬間に突き刺さったのだろう、矢全体が脚に入り込んで取り出せない状態になっていた――おそらく矢の尖端は脚の付け根から胴体内部に入り込んでいる。これでは立ち上がるどころか、膝を曲げることさえ出来ないだろう。
だが死んではいない――であれば、取り落とした剣を拾って投擲することは出来る。
ライは手にしたコンパウンド・ボウを石の床の上に置いてから、右太腿に括りつけたシースから大ぶりの格闘戦用ナイフを引き抜いた。
マントラック
ずっしりと重いナイフのグリップを握り直し、ライはふたりの賊にとどめを刺しにかかった――これが違う状況なら放置するところだが、今の状況で上半身の動く賊を放置して彼女に危害を加えられても困る。
踵から膝にかけてを矢で貫かれ、仲間の体の上に覆いかぶさる様にして俯臥せに倒れた賊の髪の毛を掴んで頭を引き起こし、ライは彼の首の側面からナイフの鋒を刺し入れた。幅広の刃が左右の頸動脈と気道を一度に引き裂き、噴き出した血がビシャリと音を立てて下になった賊の体を濡らす。
続いてそのまま上になっている賊の体を脇に放り棄て、ライは同じく俯臥せに倒れた膝裏を撃ち抜かれた賊の背中にナイフの鋒を突き立てた。背骨の左脇から肋骨の隙間を通して、そのまま心臓を貫く――急に引き抜くと血が噴き出すので、ライは鋒が心臓から抜けたあたりで胸郭内部に血があふれ出して血圧が下がるのを待ってからナイフの刃を完全に引き抜いた。
「ふん」 血糊でべっとりと赤く染まったナイフの刃を見下ろして唇をゆがめ、ライは血染めの刃を拭いもしないままコンパウンド・ボウを拾い上げて牢へと視線を転じた。
一番手前の右側、つまりすぐそばの牢に数人の人間が放り込まれている――男が数人、女がひとり、男ひとりと女だけが違う制服を着ているから、バス会社の運転手とツアーガイドだったのだろう。いずれもすでに死んでいる様に見えた――斬られた、あるいは殴られたことが原因らしき者もいるが、バスの出現の際の負傷が原因らしい者もいる。
この牢の左隣が
背後を振り返ると、通路を挟んで反対側の牢の中に詰襟の制服を着た七、八人の若者が閉じ込められているのが視界に入ってきた。
「ほう――これはこれは」 おそらくこの場所ではじめて耳にしたであろう仲間以外の口にする日本語に驚愕の表情を見せる学生服姿の若者たちにかまわず、目深にかぶっていた外套のフードを払い除ける――マスクも顎先に引っ掛ける様にして引き下げたところでライが自分たちと同郷の人間だと確信したらしく、何人かが興奮した様子で格子を掴んだ。
「に――日本語? あ――あんた、日本人か。頼むよ、助け――」
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