第35話

 目深にかぶっていた外套のフードを払いのけ、口元を覆うマスクの布地を顎先に引っかける様にして引き下げてから、ライは格子を掴んで言い募ろうとする若者の言葉を適当に右手を挙げて制した。左手で保持したコンパウンド・ボウを左脇のケースに収めながら、

「悪いが、今は仕事中でな。話はあとで――」 聞いてやる、と続けることはしなかった。縦横に組み合わされた鉄格子の横木に足をかけ、そのまま二段ほど駆け登る――ライはそこから背面跳びの様にして後方へと跳躍し、背後から振り下ろされた長剣の一撃を攻撃者の頭上を跳び越えることで躱した。

「――あとで聞いてやるよ」 着地するよりも早く口にしたその続きを、若者たちが聞いていたかはわからない――

 背後から振り下ろされた長剣が格子の横木に衝突し、ガアンというけたたましい音を立てた――攻撃をしくじったことに対する舌打ちが、その金属音に紛れて聞こえてくる。

 賊の背後に着地して軽く膝を曲げて衝撃を受け流し、ライはそのまま床を蹴った。彼の動きに対処しようと振り返りかけた賊の背中へと殺到し、踵をまっすぐに突き込む様な横蹴りを叩き込む――上体を捩る様にして転身していたためにその蹴りを脇腹に受けた賊が押し出される様にして正面の格子にこめかみから激突し、賊が小さなうめきを漏らした。

「ぐ……」 格子を肘で押す様にして体を離し、ふたたび背後を振り返ろうとした賊の頭部を左手で掴む。

 ふっ――鋭く呼気を吐き出しながら、ライは賊の頭をもう一度格子の横木に叩きつけた。

 金属製の横木にこめかみを叩きつけられ、骨の砕ける破壊音とともに賊の全身から力が抜ける――ライが力を緩めると同時に膝が折れ、上体がずり落ちて格子をべっとりと汚す血が見えた。

 意識が飛んで人事不省に陥ったのだろう――多数でひとりふたりを小突き回すしか芸の無いチンピラが弱い者いじめでやる様なやり方ではない、なんならその一撃で頭蓋骨ごと脳を破壊して殺すつもりの加撃である。会社帰りのおっさんやデート中の少年少女を数人がかりで取り囲んで脅したり痛めつけて悦に入る、どこに出しても恥ずかしいごろつきどもの手練とは破壊力の桁が違う。

 即死を免れていたとしても少なくとも脳に障碍が遺るのは間違い無いが、とどめは確実に刺しておくべきだろう――生き延びたとしても身動きを取れずに死を待つだけだろうが、指先くらいは動かせるかもしれない。ライたちがここを立ち去ったあとで意識を取り戻し、仲間宛に妙なダイイングメッセージなど残されたら困る。

 ライは床に膝を突く様な体勢になった賊の背中を完全に床に倒れ込むよりも早く左腕で押さえつけ、続く一挙動で右手で保持していたナイフの鋒を賊の背中に突き立てた。

 大ぶりのブレードが寝起きだったからだろう、上半身裸だった賊の強靭な皮膚を突き破り筋肉を貫いて肋骨の隙間から肺へと達する。

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