第5話

「でもやっぱり土地の領主とかとも合意のうえで話を進めたほうが、最終的にはすんなり進むだろう――いくら命令権持ちでも、俺はしょせんよそ者の漂流者だしな。それならちゃんと相手の利益も理解させて進めたほうがいい――食糧が潤沢になれば税も増える、自分たちの食事だって豊かになる。悪いことなんてなにも無いから、反対する奴はそうそういない――ただ、解釈の範囲内で軍隊を動かす権限があるのは確かに大きいな」

「というと?」 ライが差し出したスープをよそった食器とこれもチタン製のスプーンを受け取りながら、リーシャ・エルフィが尋ね返してくる。

「たとえば川の氾濫なら、農地の対処もだけど住民や作業員の避難が重要になる――大臣の立場で現場にいれば、避難誘導に常駐軍の手を借りることが出来るからな。土砂崩れで生き埋めになった奴だって、すぐに掘り出せば助かるかもしれない」

「ああ、つまり農地を整えるための土木作業という建前で、領主への許可を待たずに軍隊に出動要請を出すのですね」 さすがの理解の速さを示しつつ、リーシャ・エルフィがそんな返事をしてくる。

「そういうこと――要請を出したのが大臣なら、領主も指示を待たずに動いた軍隊の指揮官を処分出来ないから」 口にした言葉にこもった侮蔑の気配に、リーシャ・エルフィがかすかに眉をひそめるのが気配でわかる――だがその内容を説明することはせずに、ライは手元に視線を戻した。

 しばらくスープに息を吹きかけていたリーシャ・エルフィが、借り物のスプーンを使ってスープを口に運ぶ。

「あ」

「どうした? 変だったか?」

 そう尋ねると、リーシャ・エルフィは直に食器に触らない様にするための布越しに食器を保持したまま、

「いえ、そうではなくて――とてもですね、この香辛料。少ししか無かったのに。暖まります」 やっぱり市場に流すべきだと思いますよ――乾燥した黒パンをスープに浸しながら口にしたリーシャ・エルフィのコメントに、ライは適当に肩をすくめた。

「もう少し収穫量が増えたら考えるよ。勇者の胡椒シーヴァ・ペッパーって商品名は勘弁だがな――おーいメル、いつまでもうずくまってないで君も手持ちの食器で使えそうなもの出してくれ」 背中越しに声をかけると、メルヴィアがもそもそとその場で立ち上がった。周知の事実をネタにからかわれたくらいのことで、いつまでふさぎこんでるのやら。

 ようやく食事にありつけそうなのに気づいて、学生たちもそわそわしている。残念ながら、全員一度に行き渡らせるには食器が足りない――量は足りるだろうが、五、六回に分ける必要があるだろう。

「ところでライ、ここから痕跡を残さずに家まで帰る方法なんだけど」 やっと仕事に戻る気になったらしく、メルヴィアが雑嚢を探りながら口を開く。

「ああ」 差し出されたコッフェルやシエラカップにスープをよそいつつ、ライはそう返事をした。ライの手持ちのクッカーその他と同様にスタッキングされているので、ふたりの手持ちを合わせて八人ぶんというところだ。ほかにもあるが、底が深すぎたりして使いにくいだろう。

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