第56話

 松明をかたわらの兵士に預けて肺の中の空気を入れ替える様に何度か深呼吸をしたとき、

「ガンシュー・ライ!」 広場から呼び声が聞こえて壁上通路から下を見下ろすと、兵士のひとりが適当に手を振っていた――立派な口髭を蓄えたゲイルという名の兵士で、この部隊の指揮権上の最上級者ファースト・イン・コマンドを務めている。彼はビョウビョウやかましい風の音に顔を顰めながら、片手を口元に当てて大声をあげた。

「生死を問わずに全員とどめを刺した。姫様を牢屋から解いても大丈夫だろうか」

「ああすまない、もう少しだけ待ってもらってくれないか」 ライはそう返事をして、ガズマに視線を向けた。彼が手にしたパラシュートコードの端末を受け取って束ね直しながら、

「ここはもういい――ちょっと頼みがある」

「なんだ?」 ガズマに尋ね返されて、ライは広場の南西側の隅のほうに止められた荷車を指差した。

「あれに積んだ樽を全部開封して、中身を調べてくれ。あとで内容を教えてくれ――連中の今後の行動予定の見当がつくと思う」

「わかった」 小さくうなずいて、ふたりの兵士が離れていく。階段を降りていく背中を見送ってから、ライはパラシュートコードを雑嚢の中へとしまい込み、代わりにもう一本のパラシュートコードを取り出した――ただしさっき束ね直した長さ三十メートルのものと違って長さが一メートル半と中途半端で、あまり使いでの無いものだ。

 相変わらず暴れるケニーリッヒ(仮)を抑えつけているガラといい加減脚の一本も切断すべきか迷っている様子のギジンのところまで歩いていくと、ライは短くまとめたパラシュートコードをほどきながら声をかけた。

「ガラ、そいつの手首を縛るから抑えててくれ」

 

   §

 

「ガンシュー・ライ!」 口髭を生やしたゲイルという名の年嵩の兵士――ガズマと並ぶ八人中の最古参の兵士のひとりで、ライに同行してきた兵士たちの隊長格であるらしいが――が、斜面の中ほどの場所から頭上に向かって呼びかける。

「生死を問わずに全員とどめを刺した。姫様を牢屋から解いても大丈夫だろうか」

 なんと返事をされたのか、彼は残念そうに嘆息してから斜面を降りてくると、鉄格子越しに王女リーシャ・エルフィの前にひざまずいた。

「申し訳ありません、殿下――勇者の弓シーヴァ・リューライが申すにはまだ脅威があるらしく、格子で隔離されていたほうが安全であると」

「いいえ、謝らないでください」 暖かみのある穏やかな微笑を浮かべてそう返事をするリーシャ・エルフィの背後で、床に直置きされた篝籠の中で焚かれた薪がパチリと音を立てて爆ぜる。

「わたくしにはわかりませんから、そのあたりのことはすべて貴方たちの判断に委ねます。貴方たちの誰かが危険であると判断したなら、そうなのでしょう――ここにいるほうが安全であるのなら、出ても大丈夫だと判断されるまで待っておりますから」

「寛大なるお言葉、恐れ入ります」

「貴方たちの誰かに、被害は出ておりませんか? 先ほど悲鳴が聞こえましたが」

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