第57話

「少々危ない状況でしたが、みな怪我は負っておりません。御心配には及びません」

「それはなによりです――このために誰かが大怪我でもしていたら、償いきれませんから」

「いえ、我らはみな王家のために命を捧げる所存でお仕えしておりますれば」

「命を懸けるつもりで尽くしてくれることと、実際に命を懸けることは別です――もうすでに、あの賊たちによってわたくしの護衛部隊とよく仕えてくれた侍女たちを失いました。これ以上の死者は見たくありません」

「……殿下」 リーシャ・エルフィの返答に、ゲイルが深くこうべを垂れる。

「けれど隊長、この左隣の牢獄の人たちを出してあげることは出来ますか?」 リーシャ・エルフィは壁越しに隣の牢獄に気遣わしげな視線を投げながら、

勇者の剣シーヴァ・ディーメルヴィアはすでに全員亡くなっているとおっしゃってましたけれど、せめて供養くらいは」

「はい。安全が確保され次第取り計らいます」 左隣の牢に視線を投げて、ゲイルがそう返事を返した。

「隊長」 ガラがそう声をかけながら、斜面の上のほうから姿を見せる。彼は手にした鍵束を翳し、

「ライが鍵を奪いました。これで地下牢が開けられるはずです」

「ガンシュー・ライはどうした?」

「その――防壁上で敵の、尋問を」 一瞬口ごもってから、ガラがそう返答する。

「隊長、まずはそちらの亡骸を出してあげて」

「はっ」 ゲイルがリーシャ・エルフィの言葉にうなずいてガラから鍵を受け取り、隣の牢獄に歩み寄った。

 牢獄の錠前は格子扉と一体になっているが、その鍵はすでに失われていて機能しない――代わりに格子扉と枠になっている鉄格子に巻きつけた鎖の両端に錠がかけられている。

 なにしろ二千年前の代物なので、一体になっているわけでもない鍵が現存していたら奇蹟どころではないだろう。そんな当たり前のことを意外に感じてしまうのは、鉄格子があまりにも真新しく見えるからだ。

 二千年前のものだという伝説が嘘か真かというのはこの際置いておくとしても、新築の砦の牢獄だと言われたら信じてしまいそうなほどに鉄格子だけがピカピカで錆も無い。身代金を受け取るまでは体調を崩されても困るからだろう、彼女の牢獄だけは暖が取れる様に火が焚かれ、床の上に毛布が敷かれているのだが、牢獄の鉄格子はその炎で綺麗な橙色に染まっていた。

 残りの牢獄では十代なかばとおぼしき若者たちが格子を揺すりながら何事か訴えていたが、言語が違うのでまるでわからない――先ほど彼らと会話をしていたから、おそらくライならわかるのだろうが。

 ガラが異界の言語で何事か訴える若者たちの牢に歩み寄り、右手を突き出して、

「コレヲヨメ」

 なにを言われたのかわからないらしい若者たちに、ガラがもう一度繰り返す。

「コレヲヨメ」 ガラが掌になにか載せているのに気づいたのか、若者のひとりが手を伸ばしてそれを受け取った。

「ナンダ?」

「アトデダシテヤルカラ、シバラクマッテロッテ――」 若者たちが異界の言語で、そんな会話を交わしている。ガラは彼らの牢の前から離れると、六種類の鍵を次々と鍵穴に差し込んでは廻そうと試みているゲイルのそばに歩み寄り、

「どうですか?」

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