第58話

「まだ――お、開いた」 ゲイルがそう言って、手にしたまだ新しい錠前を足元に投げ棄てた。鉄格子と格子扉にぐるぐる巻きにしてある鎖をほどいてから、扉を開けようと試みる。

 造られてから何千年が経過しているかもわからない古い建物であるにもかかわらず、金属の格子は実につややかだ――格子扉の蝶番もまるで一日十回油をされているかの様に、きしみ音ひとつ立てる事無く滑らかに動いた。

 扉を開け放ったゲイルが、床の上に山積みにされた数人の屍に痛ましげな視線を向ける――重傷を負った年嵩の男女ひとりずつ、剣や棍棒で襲われたと思しき若者の遺体が数体。いずれも死んでいるのは間違い無い。

「外に墓を作ってやろう。何人かで遺体を運び出すぞ」 ゲイルの指示で、数人の兵士が牢獄の中に足を踏み入れる。ゲイルがメルヴィアに鍵を差し出し、

「姫様を出して差し上げてくれ」

 そう告げてから、自分も遺体の搬出に参加する。メルヴィアは言われたとおりリーシャ・エルフィの牢の扉を括る鎖の両端を結合した錠前を開錠し、錠前を足元に投げ棄てた。

「体調はどう?」

「ええ、大丈夫です。少し喉が渇きましたけれど」 鎖をほどきながらの問いに、リーシャ・エルフィがそんな返答を返してくる。彼女は女性ひとりを含めた数人の亡骸を運び出す兵士たちに視線を向けて、

勇者の剣シーヴァ・ディーメルヴィア、勇者の弓シーヴァ・リューライがなにか土を掘る道具を持っていらっしゃらないでしょうか」 ライは本業は農業だが、メルヴィアや小間使いのセリに留守を任せて狩りに出ることも多い――十数日家を空けることも珍しくないのだが、樹海の中に数ヶ所ある拠点にたどり着けずに野営することになったときは夜を明かすために土や石を使って竈をこしらえたりすることがある。樹海の木々は手や道具で折ったり曲げたり出来る高さに枝葉が無いので、そういったもので屋根を作ったりする技術はまるで役に立たないらしいが。

 彼は基本的に、今回の様な傭兵仕事のときでも携行品が変わらない――必要に応じて普段から持っているものに追加することはあっても減らすことは無いので、普段から持ち歩いているものはすべてそのまま持っている。

 その中に、ここに到着する前に休息をとったときに竈をこしらえるのに使った折りたたみ式のがあった。

 兵士たちの携行品には無いだろうし、腕くらいの長さしか無いので使いやすいとは言い難いが、剣で掘るよりのほうが効率的だろう。

「あ、そうだね。ちょっと聞いてくる」 一緒についてくるつもりらしいリーシャ・エルフィとともに斜面を登りかけたとき、広場の向こうから凄絶な絶叫が聞こえてきた。

 

   §

 

「右へ曲がれ」 物見塔に足を踏み入れたところで、ライがモヤシ男に指示を出す。東側の物見塔――ライが先ほどの制圧作戦の際に、自身の射撃位置として陣取っていた場所だ。

 両手を見慣れない緑色の細い紐――ライはと呼んでいたが――で後ろ手に縛られたモヤシ男は、素直に右手、東の物見塔の西側の出口から外に出た。数ファースもしないところで、二塔の物見塔を結ぶ防壁上の通路は外側から吹き飛ばされて無くなっている。その崩落箇所の手前で足を止めたモヤシ男に、兵員防護用の低い壁の上にを置いたライが背後から声をかける。

「ひざまずけ」

 手短なその言葉にモヤシ男が肩越しに振り返り、抗議しているのかむーむーと声をあげた。

 ライがその反応に小さく息を吐き、さっと手を伸ばしてモヤシ男の襟首を掴む。彼はそのままモヤシ男の襟首を引きつけて上体を後方へ傾けながら足刀でモヤシ男の左の膝裏を蹴り抜いて、左膝を強引に曲げられて平衡を崩したモヤシ男の体を倒れるよりも早く半回転させて防壁通路上に俯臥せに倒した。

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