第59話
「なんと命令したか理解出来なかったのか? 俺は貴様にひざまずけと言ったんだ」 背中に膝を突いて体重をかけられ、モヤシ男がぐえっと悲鳴をあげる。ライが口に詰め込んだ靴下(二枚目)を取り除くと、モヤシ男はしばらく咳込んだ。ライはそれを気にした様子も無く、
「さて、これからいくつか貴様に質問をする――正直に答えなければ、わかるな?」
「ふざけるなよ、私を誰だと思ってる! エルディア解放戦線の幹部、ケニーリッヒ・ヴァイルムースだぞ!」
「はい、自己紹介御苦労――わざわざ尋問するまでも無く、名前と所属を教えてくれて助かるよ」 ライは膝の下で暴れるケニーリッヒの片足を捕まえながらそう返事をして、
「ヴァイルムース――家名があるということはこの世界の貴族階級か、なんらかの功績を立てて家名をもらった奴か」 ライが知ってる?という視線をこちらに向けてきたが、心当たりが無かったのでガラは首を横に振った。
ライの元いた国では戸籍管理をやりやすくするために国民の身分や職業にかかわらず家名を名乗るそうだが、貴族制度がいまだ存続しているエルンでは今のところそういった仕組みは存在しない――もともとの身分としての貴族のほかに、平民でもなんらかの大きな功績を立てて国家に寄与した人物に対する名誉称号として本人の好きな(ただしすでに存在する貴族と重複しない)家名を名乗ることが許されることがある。
たとえば本人が仮にカストルという家名を希望しても、すでに同様に家名を与えられた外様の貴族やもともとの貴族、あるいは王家に連なる家系にカストルという名前があった場合、カストルを名乗ることは許可されない――アーランドであればカストルというのは王家の家名なので、カストルやそれに近い発音・表記の家名は認められない。質問するにしても、ガラに聞くよりリーシャ・エルフィに尋ねたほうが実りはありそうだ。なんにせよ、
「さぁ――でもそれが本名なら、貴族階級の出身者だったとしても聖名が入ってないから古い貴族じゃないですね」
たとえばアーランド王デュメテア・イルト・カストルの場合、デュメテアは成人してから名乗った名前で、自分で考えるかもしくは提示された名前から選ぶかして本人が自分で決める。彼の場合親である先王がつけた幼名はシールギントといって、幼いころの本名はシールギント・イルト・カストルだ。
成人した時点でシールギントの名は公式の場で使われなくなり、みずから決めたデュメテアの名前を名乗ることになる――成人した人物を幼名で呼ぶのはよほど親しくなければ非礼であると看做されるので、今でも幼名で彼を呼ぶのは両親や兄弟、親戚の様なよほど身近な身内かつきあいの長い相手、あるいは本人が信頼の証としてそれを許した相手に限られる。
イルトは両親あるいは高位の聖職者などの両親の依頼した人物がつけた中間名で聖名といい、リーシャ・エルフィがそうである様に個人ごとにそれぞれ違う。
聖名は二千年前、大陸全土を支配下に置いていたパラディア帝国時代の名残で、今でも聖名を名乗るのは古い血筋の高位貴族に限定される――かつては功績を認められて取り立てられた新参の貴族にも爵位の叙勲と同時に聖名を附与していたそうだが、五百年ほど前にその習慣も無くなった。
つまりケニーリッヒは――家名が勝手に名乗ったものでなければ――過去五百年以内に家名を名乗ることを許された新参貴族の出身者か、もしくは国家に対する貢献を讃えられて家名を与えられた人物あるいはその子孫ということになる。
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