第24話

 杉や松は油が多くてよく燃える――代わりにすぐに燃え尽きてしまい、さらに筺体を傷めやすいので薪ストーブなどには向いていないが、無論ユーコン・ストーヴであれば問題にもならない。細い薪に火がついたところで、上の煙突の開口部から広葉樹の薪を落とす――あとは勝手に燃えてくれる。料理などで火力が必要であれば、杉などの油の多い薪を追加すればいい。

「これはなんですか?」 かたわらに歩み寄ってきていたリーシャ・エルフィが、興味津々といった表情でライの手元を覗き込む――ライはその質問にすぐには答えずに、木箱の手前側から突き出した丁字型の取っ手ハンドルを引いた。

 大量の空気が狭い隙間から吸い込まれるときのシューっという音とともに、杉板で作られた箱がわずかに膨張する――続いて今度は取っ手を押し込むと、吸気音とともに箱の手前に設けた小さな四角型の穴の内側に取りつけた小さな木片がパタパタとわずかに開閉した。

 そして取っ手をしゅうどうさせるたびに、大量の空気をゆっくりと供給された炎がめらめらと燃え上がる――それを見て、リーシャ・エルフィはわざわざ説明されるまでもなくそれがなんなのか悟った様だった。日本で昔から使われていたこの箱は、欧州で使われていたアコーディオン状のものとはだいぶ形状が違うが――

ふいごですか」

「ああ」

 ユーコン・ストーヴの隣に設置した木箱は手前に突き出した取っ手ハンドルを前後させることで内部の摺動子プランジャーをピストン運動させ、ストーヴ内部へ送気を行う鞴だ――昔から市井の鍛冶屋で用いられてきた箱型の鞴で、日本の古式のたんが使うはこふいごと呼ばれる鞴に多少のアレンジを加えたものだ。

 といっても、ここで鍛冶を行うわけでもない――主な目的は一時的に火力を上げたり、竹筒などを使って人力で息を吹き込んだり団扇うちわなどで煽ったりして行うおこしの作業を楽にするためのものだ。一日二日の滞在で用意するものでもないし頻繁に使用するものでもないが、毎日の作業なので継続的な拠点にするのであればあって困ることは無い――以前ここで暮らしていたときは板、それに釘を大量に用意する手段が無かったので遠心ファンを用いる簡易的な鞴を使っていたが、一度ここを離れたあと自宅でこしらえたものを持ち込んだのだ。

 鞴の英訳はフォージ・ブロアー、つまり鍛冶用の送風機だ――その英訳の通り、鞴は扇風機などと同じ送風機ブロアーに分類される。コンプレッサーと違って、なんらかの方法で内部圧縮を行わないからだ。

 基本構造は単純で、効率を上げるために取っ手の軸と平行の方向を長辺とした長方形の構造になっている。

 取っ手が飛び出している面とその反対側、面積の狭い面には四角形の小さな穴が穿たれ、内壁にへばりつく様にして糸で取りつけた小さな木片がその穴をふさいでいる――炉に面した側面の底に近い位置にも長辺の端に近い二ヶ所に小さな穴が開けられており、こちらは外側から木片でふさいである。

 取っ手の先には獣の毛皮をパッキン代わりにした箱の断面積とほぼ同じサイズの摺動子プランジャーが取りつけてあり、箱はこのプランジャーによってその前後の二室に分割されている。

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