第74話
§
竹小屋の外に出て歩き出したところで、靴の中の不愉快な感触に小さく舌打ちを漏らす――どうせ今夜はもうこのままだ。不快感を意識から締め出して、ライは軽く頭を掻いた――どのみちこれからまた濡れるのだ、気にしたところで仕方無い。
酪農家気にしない。戦業農家気にしない。
自分に言い聞かせる様に胸中でつぶやいて、ライは擱座した
一番手前にあったコンテナは、猪の内臓の受け皿にしてしまったのでしばらく使えない――そのコンテナの中身が荷室の手前に山になっているのでやりにくかったが、ライは引き寄せたコンテナの中身を荷室にぶちまけて空になったコンテナを手に歩き出した。
防柵の内側のフックに逆さまに引っかけてあった木桶も手に取り、門を押し開いて川のほうへと足を向けると、背後の人間たちの話し声に紛れて川のせせらぎの音が聞こえてくる。
川岸で足を止めてコンテナと木桶を足元に置くと、ライは左肩から襷掛けにしていた鞄をはずして川岸にしつらえた丸太のフレームに引っかけた――垂直に地面に撃ち込んだ丸太に直角に丸太を括りつけ、その二本の丸太をもう一本の丸太で斜めに縛着することで安定させたフレームで、川岸で作業する際の装備かけとして使用する。
生乾きの外套を放り投げる様にしてフレームに引っかけ、続けて二個の矢筒とコンパウンド・ボウを携行するためのケースが一体になった装備ベルトをはずしにかかる――平安時代に用いられた矢筒、
まあ野暮なことは言うまい、そんなことを考えながら左脚に括りつけた
野営地からさほど離れてはいないが、この時間帯になると野営地から離れた川べりは完全に暗闇に落ちている。
谷の底に太陽の光が届くのが太陽が真上に位置するときに限定されるのと同じで、月明かりが川べりに届くのは月がほぼ直上に位置する時間帯に限られる――日に星の周囲を二周する
さて――
一瞬の間を置いて、ライは自分の闇調応だけを頼りに川へと足を踏み入れた――頑強な長靴のアッパーにあっという間に冷たい水が染み込み、続けて生乾きの状態だった下衣をふたたび水浸しにしてゆく。
足元の木桶を川に浸して水を汲み、ライはそれをコンテナの中へと流し込んだ――内容量四十七リットルの頑丈なコンテナは、小さな手桶で汲んだ水で満杯にするのには結構な手間が必要だ。
気にせずに十数回その作業を繰り返してから、ライは木桶自体にも水を満たして水中へと視線を向けた。
生態系において、純淡水魚ほど多様性に富む生物種はほかに無い――海水域に出ることの出来ない純淡水魚は閉じた河川水系から海を経由してほかの河川水系へと移動することが出来ないため、人間の手で放流されたり治水工事や河川争奪などで河川水系が別の河川水系に接続されたりといったことが無い限り、どんなに近接していてもほかの流域に移動することは無い。
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