第29話

 この野営地は、墜落した飛行機の機体を利用して作られていた。ライ――龍華たちばなあずまは飛行機ごと行方不明になっており、彼は昨夜飛行機ごとに来たから飛行機が発見されるわけがないという趣旨のことを言っていた。

 つまり、あの飛行機がライが乗っていた飛行機なのだろう――機体は水平主翼の直前あたりからまっぷたつに折れていた。機体後部側の座席は着地の衝撃ではずれて機体が折れたことで出来た開口部から機外に放り出されたのだろう、機体後部の客室内に集積されていた。ライがどうして生き延びたのかは想像もつかないが、あれでは機体後部に乗っていた乗客は誰ひとり助からなかっただろう。

 ライが康太郎と同級生たちのほうに視線を向け、

「用意はいいか」 返事を確認したりはしなかった。昨夜と同じ様に、あの熊の様な体格の屈強な兵士が一番後ろにつくらしい。順番としてはライ、馬二頭、兵士たち五人が二頭の馬を囲み、その後ろに康太郎たち高校生、さらにその後ろに兵士が二名、一番最後にあの熊の様な恵まれた体格の兵士だ。

 ライがガラと呼んでいたその男も含め、最後尾に就く兵士数人が葉の色も鮮やかな木の枝を両手に持っている――十分ほど前にどこからか持ってきたものだ。周囲の巨木は一番低い枝でも地上から数十メートルくらいの高さになるので、高台の上にところどころ密生していた疎林の木々から折ってきたのだろう。

 おそらく、それで川底の砂を巻き上げながらついてくるのだ――巻き上げられた砂は一度土煙の様に舞い上がったあと、再び沈んで完全に足跡を消してしまう。木の葉が枝からちぎれたとしても、水に流れていっておしまいだ。

 ライは学生たちに視線を向けて、

「食事のときに説明したとおりだ。摺り足の様にして靴底で砂を巻き上げながらついてこい」

 そう告げてから、ライは先頭に立って歩き出した。

 彼自身は、歩き方に気を遣った様子は無い――自分の後ろで馬が蹄の跡を刻むので、無意味だと思っているからだろう。彼自身はそんなことよりも、ほかにすることがあるのだ。

 前を歩く者たちの巻き上げた砂の中に足を踏み入れる様にして、兵隊たちのあとについて進んでいく――あっというまに靴の中に砂が入ってきたが、文句も言えない。

 ちょっと足を速めて兵士たちを追い抜き、馬も追い抜いてライの横に並ぶと、周囲に視線を走らせながら歩いていたライがこちらに注意を向けるのが気配でわかった。

「どうした」

「否、ちょっと聞きたいことが」

「なんだ?」

「あんた、昨日ここで生きてく算段がどうのって言ってたろ――具体的にはつまり、仕事のことだよな」

「ああ」 視線をこちらに向けることはしないまま、ライが短く返事を返してくる。

「あんたはなにをしてるんだ?」

「時々こういう傭兵仕事を――普段は酪農と農業と猟師と、それにこの国の農地開墾の技術指導にあたってる」 ちょっと気を抜くと、馬上の彼女に仕事を増やされそうだがな――後ろを二頭並んでついてくる二頭の馬のうちの馬の一頭、昨夜のドレス姿から平服に着替えた金髪の少女をぞんざいに親指で示しながら、ライがそんなことを続けてきた。

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