第67話

 ライは朗らかな口調でそう答えてから、

「ま、別にいいぜ? 助命を望むなら、質問くらいはれてやる――?」

「……なんだと?」

「王女の襲撃現場からおまえの仲間の足跡をたどってここまで来たが、奴らの移動の痕跡は西寄りの南に向かってほぼ直進してた――障害物を迂回したあと、その軌道修正もちゃんとしてる。馬車と一緒に襲撃現場を出発する段階でも、ほぼ正確にこの砦のほうに向かってる――森の中で迷わずに高台にたどり着き、この砦を確保したことといい、方角を読み取る道具か技術が無ければまず無理だろう」

「し、知らない! 私が用意したわけじゃない! グシュルールが首領からなにか受け取ったのは知っているが……!」

 ふむ――胸中でだけ溜め息をついて、ライはかぶりを振った。グシュルールというのが誰のことかはわからないが、さっきメルヴィアが斬り棄てたあの巨体の禿親父のことだろうか。生け捕りにしてもらうべきだったか?

 否、余計なリスクは負うべきではない。ライはふたたびかぶりを振って、

「じゃあ、質問のふたつめだ。さっきの、なんだ。俺が言ったことを憶えてるか?」

「は?」 いきなり口調を変えたからだろう、暴れるのをやめたケニーリッヒが肩越しにこちらを振り返る。

 ライはその反応を無視して、

「なんでこんなことをするって質問の答えだよ」 そう続けるなり、ライはケニーリッヒの体を防壁の外側へと押し出した。直角に曲げた腰で引っ掛かる様な格好になっているケニーリッヒが、

「そうだ、なぜこんなことをする? おまえが――」 おまえがエルディア人のために行動するなら、王政などより自分たち革命勢力の味方をするべきだ――とでも言おうとしたのだろうか。ライはケニーリッヒの言葉を遮り、完全に無視して先を続けた。

「――憶えちゃいまい」 低い声でそう答えながら、ライはケニーリッヒの体を兵員防護壁の上で滑らせる様にして押し出した。

「おまえらが俺や王政を非難する材料にするためだけに塩撒いて台無しにした畑の持ち主――作物が全部台無しになって一家で心中した家族ひとりひとりのことなんぞ、憶えちゃいまい」

「ま――待て!」 見苦しく暴れながら、ケニーリッヒが声をあげる。

「仕方が無いだろう――それは必要な犠牲なんだ! むしろ犠牲が一家族で済んだなら、」 ケニーリッヒの戯言は、科白の途中でくぐもった絶叫に変わった――ライが逆手に握って振り下ろしたナイフの鋒が肩越しに振り返ったケニーリッヒの頬を貫き、頬骨や歯を砕きながら反対側まで貫通したからだ。

 ナイフを引き抜いて兵員防護壁の上に置きながら、ライはヒィィィィと情けない鳴き声をあげるケニーリッヒに向かって口を開いた。

? ? ――?」 ライがナイフを引き抜く前にグリップを揺すったときに彼の表情が視界に入ったのか、痛みで紅潮していたケニーリッヒの顔が蒼褪めている。完全にこちらの逆鱗に触れる結果になったことを、ことここに至ってようやく理解したらしい。

「なら俺がおまえら叛体制派の連中を、一万や二万や三万や四万殺しても問題無いな――薄汚い共産主義者を片っ端から始末バラして世の中を平和にするための、全然尊くない犠牲ってやつだ。なんか変な奇蹟とか起きて生き延びたら、せいぜい仲間と一緒に抵抗してみな」

待てまへ――待ってくれまっへふへしゅはしゅ……」

 壁上から突き落とす気満々で自分の体をぐいぐい押し出しているライの行動を止めようと、ケニーリッヒが声をあげる。ライは一度ケニーリッヒの痩躯を押す手を止めて、気が変わったのかと安堵した表情を見せるケニーリッヒに冷たい声でこう告げた。

「聞こえねえよ。はっきりしゃべれ」 その言葉を最後に――ライはケニーリッヒの体を壁上から投げ落とした。

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