第66話

「ときに俺の故郷の国だと議会とかで事あるごとになにかしら難癖つけては審議拒否して審議拒否という名の有給休暇を満喫してる、安全保障上の問題に関する議論を妨げて利敵行為を働く阿呆が掃いて棄てるほどいるんだがよ。本当に審議拒否が正しいと信じてるなら、それが正当なものであることを示すために給料の日割り化をみずから提案するくらいしてもいいと思うんだが、ケンちゃんはどう思うね?」

 ライはそう言ってから、黙っているケニーリッヒの襟首を乱暴に掴み上げた。足が挫けたためにまともに立てないでいるケニーリッヒの上体を防壁上の背の低い兵員防護の上面に叩きつけ、

「さてと、話は終わりだ――さびしいがお別れの時間だな」

「ま、待て――私をどうするつもりだ」

「おまえらだったら情報を引き出せない捕虜をどうする? もともとおまえに聞くことなんて無かったしな」

「わ、私を生かしておいたほうが、叛体制組織に関する情報は多く得られるぞ」

「そういうこと言う奴はなおのこと信用出来ねえな。自分の保身のために平気で仲間を売るからな――心配しなくてもこの案件に関しては、おまえがここにいたというだけで十分だ。証拠の手帳もあるしな」 ちゃあんと内容全部公開する様に手配するから心配するな――にこやかな笑顔でそう続けながら、ライはケニーリッヒの下半身に手をかけて彼の体を持ち上げた。

「学の無い愚かで哀れな民衆とか自分で考える頭の無い愚民って書いてある部分も全部、原文のまま公開する様に伝えるよ――それでおまえらの甘言に騙されてたことに気づく奴もいるだろうしな。あと、おまえも自分の頭で考える能力の無い愚民の端くれだから共産主義なんて黴の生えた失敗ものの思想に騙されるんだって、一応忠告しておくよ――生まれ変わる機会があれば、参考にするといい」

 かかえ上げたケニーリッヒの体をふたつ折りにして兵員防護壁に引っかけようとしているライに、じたばた暴れながらケニーリッヒが見苦しく抗議の声をあげる。

「待て、なにをする」

「なにをするって、ここから落とすんだよ」 防壁の地上からの高低差は約二十メートル――斜面側の場合は傾斜しているので、もう少し差が大きくなるだろう。その上の兵員防護壁は防壁上の兵士の転落を防いだり、あるいは敵の攻撃から壁上の兵士を守るための柵の様な役割をするもので、高さは約一・三メートル。南側は合計二十一・五メートルほどの高低差になるか。

「大丈夫さ、死にやしないって――おまえらが本当に正しいなら、仲間の霊と畑の神様が守ってくれる」 ライはそんなことを言いながら、ケニーリッヒの背中をぺちぺちと叩いた。

「大丈夫だ――おまえが本当に正しいのならほれ、ここから落ちても軽傷で済む。転がり落ちていく間にパラコードが切れて両手が自由になって、挫いた足首もなんだ、なんというか小宇宙コスモ的な奇蹟とか起きてすぐ治る――でなけりゃ精神が肉体を凌駕するとかで、足が折れたままでも動ける様になるさ。知らんけど」

「ふ、ふざけるな――私たちは旧態依然としたエルディアの体制を打破するために戦っているんだぞ。おまえがエルディアのためを思うなら、むしろ我々に協力してジーク・ルグスの政権を打破してからあらためて食糧増産に取り組むべきじゃないのか――それがなぜこんなことをする」

「俺はいたって真面目だぞ? 真面目に殺る気満々だ」

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