第16話

「小屋じゃない――これはという、俺の元いた世界の空を飛ぶ乗り物さ。鉄の鳥だよ」 ライはそう返事をして、どう説明したものかとちょっと考えた。そもそも航空機の機体の大部分は高強度アルミ軽合金ジュラルミン炭素繊維強化樹脂カーボンファイバー・プラスティックで出来ているので、この機体はですらない。だがその考えがまとまるより早く、

鉄の鳥ダァル・シーカ?」 聞き慣れない単語の組み合わせに、リーシャ・エルフィが整った眉を寄せる。

「これが空を飛ぶのですか?」

「ああ。残念ながら、もう飛べないけどな―― エルンに飛ばされてきた最初の三ヶ月間、俺はここで寝泊まりしてた」 そう言って、ライは薪を小脇にかかえたままユーコン・ストーヴのところまで歩いていった。邪魔にならないところに薪を積み上げ、機体昇降口まで引き返して、まだそこにいたリーシャ・エルフィに手を差し出す。

「中に入ってくれ――君は今夜はここで過ごしてもらう」

「よろしいのですか?」

「よろしくない理由が無いだろ――俺たちの目的は君の生還だぜ」 その返事に、リーシャ・エルフィが手を伸ばして差し伸べられた左手を取る。少し段差の大きな階段を登って機内に足を踏み入れた少女が異界の驚異の塊を興味深げに眺めるのを横目に、ライはふたたび機外に出て竹小屋の一方に歩いていった。

 薪をさらにひとかかえ機体の内部に持ち込んで、通路を通り抜けて客室へと戻る――リーシャ・エルフィは左手の壁際に組んだ竹のフレームを、物珍しげに眺めているところだった。

 頭上の物入れの高さギリギリになる様に組んだフレームはAフレームと呼ばれるもので、任意の場所で交叉させた材に角度が変わらない様に横木を組んだものがAの字に見えるからそう呼ばれる――これをふたつこしらえて筋交すじかいや横木を複数渡すことで倒れなくなり、立体的なフレームになる。

 Aの横棒の高さにもよるが、フレーム同士の間の横木を複数渡した上に板や丸太などを密に並べることでテーブルや棚を作ることも出来る――これは生活上必要だったのでこしらえたテーブルで、衣装掛けにしたり棚にしたりするために横棒がいくつか突出していた。

 この機体はライにとって最初の拠点シェルターであるのと同時に、彼が樹海に狩猟に出るにあたって自宅からもっとも遠い拠点シェルターだ――さらに言えばこの場所を離れる算段がつく前、どれだけ長期間になるかわからない野営に備えて住環境を整えるために設備に手間をかけたので、もっとも快適な拠点シェルターでもある。

 無論その日の寝床にする程度の短期的な滞在であれば拠点シェルターはその都度作ればいいが、ある程度遠出したときの拠点にするのならばここが一番快適に過ごせる。

 この樹海は地上にほとんどさないので、川や池などの頭上が開けた場所の周囲以外では下草がほとんど生えない――低木も同様で、地上にみられる植生は苔だけだ。

 そのため、樹海でなんらかのシェルターを構築する際には外部から資材を持ち込むことが必須になる――なにしろ屋根を葺くための枝葉はもちろん、寝床のフレームを組むための枯れ枝すらほとんど手に入らないのだ。絶対に必要なものではないのだが、定置拠点はあって困るものではない――外部資材に依存せざるを得ないこの樹海では、消耗品以外のすべての資材を撤収しなければならない。設営と撤収の手間がかからない拠点は、時間のロスを削減するという意味で非常に重要だ。

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