第17話

 無論燃料もだ――燃料となる薪は樹海の外から持ち込むか、あるいは高台の上の疎林などからひとりでも伐倒ばっとうし運搬することの出来る大きさの木を伐り出して薪にするしかない。この森の中には枯れ枝などほとんど落ちていないからだ。

 ライの定置拠点はこの飛行機の墜落現場も含めて三ヶ所あるが、いずれも外から調達した薪や加工前の丸太が大量に集積してある――この飛行機の残骸の場合は操縦室コクピットが物置になっているので、より多くの資材を雨に濡れずに取りに行ける場所に集積しておける。

 そのため、ライが樹海に狩りに出る際には三ヶ所ある拠点にいずれかにたどり着けるだけの燃料を持ち込むことになる――普段であれば資材を積んだ橇を牽いて樹海に入るのだが、今回は襲撃現場までは兵員輸送用の馬車で移動しそこから徒歩で追跡したため、それほど大量の資材は持ってこなかった。実際のところ資材が尽きてもこの拠点で補充すればいいだけだったので、持ち歩ける量で十分だったのだ。

 今度の薪はすぐに使うのでユーコン・ストーヴの脇に放り出し、テーブルのフレームから突き出した横木の一本に脱いだ外套を引っかけ棚の上にコンパウンド・ボウを置いてから、ライは作業に取りかかった。

 天板の上に置いてあったブリキ缶、正確にはその蓋を手元に引き寄せる――乗客の誰かが家に持って帰る、あるいは訪問先への手土産であったのか、岩手花巻空港の土産物屋でも見かけた農場の土産物のクッキーの缶の蓋だ。

 墜落したあとで見つけたものだ――中身はライがおいしくいただいたが。

 それはともかく蓋にはいくつも穴が開けられ、表側には熔けた蝋がふたたび固まった跡がある。一緒に置いてある円筒状のガラスは、岩手の酒蔵で生産されている林檎酒シードルの瓶の首と底を切り取ったものだった――糸にブランデーを染み込ませたものを巻きつけて火をつけ、その状態で冷水に突っ込むと、熱疲労を利用してガラスがそこから切断出来る。そうやって底と首の部分を切り取り、胴体部分だけを残したのだ。

「それは?」

「燭台さ――ユーコン・ストーヴそのかまどは風に強いが、代わりに照明としてはまったく役に立たないからな」

 ユーコン・ストーヴは炎が露出していないので風に強いが、その半面で照明としてはまるで役に立たない――なので照明は別に必要になる。

 ユーコン・ストーヴのそばの竹の横木――本来は照明ランプを吊るしておくものだが――に差し込んだ松明はもうしばらく持つだろうが、機体の奥まった位置までは距離があり十分な光が届かない。

 かといって松明を機内に持ち込んだり床の上で火を焚くわけにはいかない――これが外の竹小屋などであれば別段問題にもならないのだが、飛行機の機内の場合内装材や樹脂部品に引火する恐れがあるからだ。絨毯は引き剥がしてしまったので火の粉程度では引火の恐れは無いが、頭上の物入れの樹脂が熱で熔けたところで引火したり、毒性のあるガスが発生する可能性がある。

 ライが手に取ったのは、簡単に言ってしまえば蝋燭立ての一種だ――缶の蓋がそれなりに大きいことが望ましいが、缶の蓋にいくつも穴を開け、蝋燭を立てたり火皿を置いて上からガラスの筒をかぶせる。

 炎はガラス筒によって横風から保護され、ガラス筒の外側の穴から吸い込まれた空気が缶の蓋の下の空間を廻り込んで下から供給されることによって蝋燭は問題無く燃える。ガラス筒の煙突効果によって蝋燭は強く燃え、光源としてはかなり明るい――ただしその一方で、デメリットとして寿命は短い。

 あえて切断せずに首を残すことでより耐風性を増すことが出来るが、代わりに瓶が煤で汚れやすくなるし重心位置が高くなって瓶そのものが倒れる危険が増える。胴体部分だけを残すか、消火器の様に専用のフレームを作って転倒を防止したうえで首を残すか、どちらを選ぶかは人それぞれだろう――この瓶に関して言えば首に近い部分に亀裂が入っていたので、危険防止を目的に切断したのだ。

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