第42話

 石の床に頭頂部から落とされた賊が、それでも死んでいないのかびくびくと痙攣を繰り返している――ライは足元に転がっていた棍棒を拾い上げると、両腕を破壊されて俯臥せに倒れた賊の後頭部と背中に一回ずつ棍棒を振り下ろした。

「ふん」 一撃めで後頭部を、二撃めで脊椎を破壊された賊の死体を見下ろして小さく鼻を鳴らし、続いてふたりまとめて田楽刺しにした賊へと歩み寄る。

 折り重なる様にして床に倒れ込み細かな痙攣を繰り返している賊の体を蹴り飛ばして横倒しにすると、ライはひとりはこめかみ、もうひとりは顔面へと、それぞれ棍棒を振り下ろした。

 

 手にした棍棒を適当に足元に投げ棄てて視線をめぐらせると、禿頭の大男を斃したメルヴィアが彼の衣服で太刀の刃にこびりついた血糊を拭っているのが視界に入ってきた。

「メル、怪我は」 そう声をかけると、メルヴィアは手にした太刀を鞘に納めながら、

「大丈夫」 メルヴィアの返事にうなずいて、ライは外套を拾い上げた。それを丸めて彼女に放り投げ、

「預かっておいてくれ――君はそのままそこで待機。ほかに生き残りがいた場合に備えておいてくれ」

 そう告げてから牢の前で事切れた賊の屍に歩み寄り、ライはその背中にふたたび足をかけた。突き刺さったままになったナイフのグリップを掴み、そのまま一気に傷口から引き抜く――筋肉が締まり始めて手ごたえは硬い。べっとりと血糊のこびりついたステンレス鋼のナイフを、ライはそのまま太腿に括りつけたシースに納めた――シースはカイデックス樹脂とナイロンを組み合わせたもので、革製のシースと違って水に強い。洗浄が必要なら湯に浸けて血糊を溶かしてからすすぐだけで事足りる。

 続いて、捕らわれている学生のひとりに向かって手を差し出す――先ほど渡したコンパウンド・ボウを返せという意味だが。

 受け取った弓を手に速歩で斜面を昇ろうとしたとき、

「ライ」 メルヴィアに呼びかけられて、ライは足を止めた。

「どうした」

「これ。ガラのいる真下あたりに落ちてたの」 そう言いながら、近づいてきたメルヴィアが黒い手帳を差し出してくる――地球で言うところの紙、木材パルプから工業的に作られたものではなく、大陸の都市部などで普及している亜麻や木綿などの襤褸や端切れを原料に用いたものだ。黒い布で装丁された掌サイズの手帳で、どうも手製のものらしく紙の端が不ぞろいになっている。ライはその手帳をぱらぱらと斜め読みしてから、

「わかった。こっちを頼む」 そう声をかけて、今度こそ斜面を登る。ついでに手近に倒れていた死体数体に突き刺さった矢を引き抜いて、そのまま東側の階段を駆け登りながら、

「報告しろ――なにがあった?」

「すみません、兵舎の中で煙を逃れてた奴らがいきなり飛び出してきた様です――入口を固めてた仲間がひとり突き落とされて対応が遅れました」 ガラの声が降ってくるのとほぼ同時に壁上通路に上がりきると、兵舎の入り口の前の柵の無い通路から転落したらしい兵士をもうひとりの兵士が引っ張り上げているのが視界に入ってきた。壁上通路に大量の血の跡が残っているが、死体は無い――地上に落ちたのだろうか。

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