第41話

 もともとライは和弓オリエンタル・ボウを遣う弓術家だが、洋弓の射撃であればそのための技術を遣う――そしてその洋弓式の射撃の場合は防具が必要になる。

 アーチェリーの競技で用いられる防具アームガードは樹脂製だが、ライは金属製の手甲をつけている――今の様に楯にしたり、あるいは打撃武器として使うことがあるからだ。布で覆っているのは、光の反射を抑える目的でしかない。

 横薙ぎの軌跡を描いて振り抜かれた棍棒を、それを握る左手首に手甲を叩きつけて止め――声にならない悲鳴をあげる賊の左腕から棍棒が抜け落ちて、床の上でゴトンと音を立てる。賊の口から漏れた苦鳴がスロープから吹き込んでくる風にまぎれて消えるよりも早く、ライは左手を伸ばして賊の右肩を衣服ごと掴んでその上体を時計回りに捩った。

 完全にこちらに背中を向けさせた状態で右手を伸ばし、背後から賊の右手首をる。

 った――

 勝利の確信とともに――

 シィッ――歯の間から息を吐きながら、右廻りに転身する。同時に掌を上に向ける様にして手首を固定しながら、捕まえた賊の右腕を肩に担ぐ――、逆関節を極められた賊の口から小さな苦鳴が漏れた。

 見た目は柔道やその派生格闘技にみられる、一本背負いによく似ている。

 だが普通の一本背負いであれば、腕の内側に入り込んだ状態で相手の腕の掌を下に向けて担いで投げる――しかし今の技は、腕の外側から技に入る。

 腕を正面にまっすぐ伸ばしてみればわかりやすいだろう。

 掌を下に向けた状態であれば、肘の関節は水平――つまり肘裏が腕の内側に向く。

 対して、掌を上に向けた場合はどうか?

 掌を上に向けると、肘裏は上を向く。これは人体の構造上のもので、必ずそうなる。

 掌を下に向けた状態で背負い投げをかけられても、どうということは無い――その状態でも肘は内側を向くだけだが、肘関節が内側を向いていれば肩の関節の回転も合わせて負荷を吸収することが出来るからだ。

 対して掌を上に向けた場合、その状態で担がれて技に入られれば、腕は伸びきって一本の棒の様になる。肘関節が伸びきった状態で肘の外側が支点になっているのだ。手首がしっかり固定されていれば、強引に手首を回転させて腕を捩り、関節のロックをはずすことも出来ない。まして腕の外側に出た場合は単に逆関節を取られているだけでなく、逆の腕で反撃を仕掛けることも難しい。

 左手で剣を保持していれば背中越しに突き込むことも出来るが、彼が保持していたのは剣ではなく棍棒クラブロッド、おまけに手甲で打撃を加えたときに左の下膊を骨折して取り落としてしまっている。腰にはもう一本短剣ガーヴを差しているが、左腕を破壊され右腕を捕獲された今の状況では抜くことも出来ない。有効打を与えられる得物の無い今の状況では――

 びきりと音を立てて、右腕の肘関節が壊れる感触が伝わってくる。頭から逆さに落ちる寸前で賊のこめかみに低い軌道の蹴りを叩き込み、ライは賊の腕を投げ棄ててからそのままいったん間合いを離した。

 逆一本背負い――古流柔術においてゆんおいと呼ばれる技術だ。ライの流派ではづちと呼び、追撃として今やった様に頭部に蹴りを叩き込むか、もしくは頭頂を固い足場に落とすと同時に顎下に足をかけて落達の瞬間に下顎ごと頭蓋を踏み砕くか気道を踏み潰し頸椎を踏み砕く。


※……

 全長二メートル以上、和弓オリエンタル・ボウ複合素材弓コンポジット・ボウ、複数の素材を貼り合わせて作られた構造のものとして世界でもっとも長大な弓です。

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