第40話

 脇固めで肘関節を破壊した賊の体を蹴り飛ばし、その体を死角に使って取り落とした長剣を床に落下するよりも早く拾い上げ――元の持ち主の体を貫いて、その向こう側にいるもうひとりの賊の胸に鋒を撃ち込んだのだ。砥ぎが雑な長剣は鋒の角度も鈍く、それだけに刺し込むのには力が要るが、いったん突き立ててしまえば――

 手前の賊は脾腹、向こう側のふたりめは肋骨の隙間から左肺。即死はしなくとも――

 手を離して手前の賊の肩越しに手を伸ばし、向こう側にいる賊の肩を捕まえる。そのまま服ごと捕まえた賊の体を引きつけて先ほど牢屋の前で襲ってきた賊を相手にナイフでそれをやったのと同じ様に柄頭に掌をあてがい、ライは長剣を柄元まで押し込んだ――ふたりまとめて深々と串刺しにされ、両人の口から水音の混じった絶叫があがる。

 ――胸中でつぶやいて、ライは田楽刺しにされたふたりの賊の体をまとめて突き飛ばした。同時に自分もいったん後退して、それで足元に行動の妨げになる障害物は無くなる。

 そのときになってようやくライの外套を払いのけた三人目の賊が、斃された味方ふたりの姿を目にして眼の色を変えた。

 仲間の無慙な姿を目にして怒ったわけではあるまい――賊の目に浮かんでいるのは自分が外套を払いのける間、ものの数秒で味方ふたりを斃した相手に対する恐怖だった。

 ――胸中でだけそうつぶやいて、ライは床を蹴った。

「うぁっ――」 悲鳴じみた叫び声をあげながら、最後の賊が手にした棍棒を振り回した――先ほどと同様に腕の外側に逃れ、左腕を叩きつける様にしてその打撃を止める。

 ただ布切れで作ったグローブを嵌めているだけだと思っていたからだろう、予想よりもはるかに重い一撃に賊が顔をゆがめた――ごく普通の木綿の平服を着ているだけのライではあるが、左腕の下膊だけは装甲で鎧っている。こういった対人戦ではが必要になる状況がままあるからだが、同時に弦による左腕への打撃に対する保護も兼ねている。

 これは弓道とアーチェリーの矢のつがえ方、それに矢をつがえる位置の違いに起因するもので、弓道の場合は腕と平行、射手から見て矢柄が弓の右側を通る様にして矢をつがえる。

 もともと弓というのは放たれた弦の進行方向に弓があり、矢はその横を通り過ぎて飛翔するために絶対に直進しない。

 このため、弓の射撃というのは実際には矢を斜めに撃ち出していることになる――弓本体という障害物が存在する以上、弓による射撃が絶対に逃れられない宿命だ。

 たとえば弓道などの日本式の弓の場合は、前述の進行方向の問題に加えて矢羽が弓や腕に当たってあさっての方向に飛んでいく矢を正しい方向に飛ばすため、つのと呼ばれる射撃の瞬間に手首を返す技術を使って矢を放つのだが、このために左腕の保護は必要無い。

 一方でアーチェリーを含む洋弓は腕の延長線と交差する、矢柄が弓の左側を通る様にして矢をつがえる。この方法では角見が使えず、また、つまり握りの位置が弓の中心から大きく下に偏っている和弓オリエンタル・ボウと違って弓の握りライザーの位置が弓の中心に近いために弦のぶれ幅が大きく、弓によっては手首に弦の直撃を受けるので、手首の内側に防具が必要になるのだ。

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