第43話

「やられたのか?」 声をかけた相手は入り口を固めていたふたりだったが、答えてきたのはガラだった。

「いえ、突き落とされただけで負傷はありません――でもそのせいで、中に隠れてた奴らが何人かそっちに行ってしまいまして」

「俺とメルが下で五人殺した。それで全部か?」

「はい、上でガズマさんがふたりりました。全部で七人です」

「よし――ガラはそのままそのモヤシを抑えててくれ。兵舎の入り口にいるふたりを残して、残りの五人全員で倒れてる連中にとどめを刺せ――死んでる様に見えてもとりあえず脇腹か咽喉のどを突け。さっき死んだふりしてる奴がひとりいた」 矢継ぎ早に指示を飛ばしながら、ライは兵舎の入り口のところにいた兵士ふたりのそばに歩み寄った。甲冑のせいで重い同僚を引き上げるのに難儀している兵士に手を貸して、通路の縁に必死で捕まっていた兵士の体をふたりがかりで引き上げる。

 通路上に座り込んで息も絶え絶えといった様子のふたりを見遣って、

「怪我は?」

「大丈夫だ。すまない、しくじった」 という返事に、ライはかぶりを振った。

「あれをしくじりというんなら、出入り口側に煙幕を置かなかった俺の作戦上の失策だ――そのせいであんたらを危険に晒しちまった。詫びるのはこっちのほうだ、すまない」 その返事に、ふたりの兵士がかぶりを振る。

「なら、おあいこということにしよう――危ない着地だったが、なんにせよ負傷者も死者も出ずに済んだしな。それで、なにをするんだ」

 兵士たちの返事にうなずいて、ライは足元に倒れていた賊の死体を見下ろした。ライが斃したものではない、救出部隊の副長を務めるガズマという兵士が仕留めたという頭のてっぺんだけがフランシスコ・ザビエルの様に綺麗に禿げ上がった小兵の男。

「すぐに戻るから、ちょっとここにいてくれ」

 ライはそう言い置いてきびすを返し、兵舎の反対側へと歩いていった――南側に面した通路の端のほうで組み敷かれたケニーリッヒ(仮)とそれを取り押さえたガラ、ふたりと窓をまとめて監視出来る位置にいたガラの相棒バディが、そろってこちらに視線を向ける。

「――! ――!」 口の中に靴下を詰め込まれた男が、こちらに向かって何事か訴えている――残念ながらむーむーうめくだけになっているが。

 ライは首をすくめて、

「ガラ、詰め物を取ってやってくれ」 その言葉に、ガラの隣にいた若い兵士が涎の染み込んだ靴下を口の中から取り除く――会話の自由を取り戻すと、ケニーリッヒ(仮)はこちらをにらみつけて大声をあげた。

「おい、そこの奴! この大男をどけろ! 私を誰だと思ってる!」

「薄汚いテロリストだろう――テロリストって言葉がこっちにあるかは知らねえけどな」 ライはケニーリッヒ(仮)の雑言を鼻先で笑い飛ばし、

「一国の王女誘拐の実行犯のひとりが国軍兵士に拘束されて、どうして丁重に扱ってもらえると思うんだ? さすが共産主義者、根拠の無い選民意識とやり込められたときの被害者面だけは一人前か――めでたい野郎だ」

「わ、私はエルディアを救う理想のために戦っているんだぞ! おまえたちが真のエルディア兵なら、」

「エルディア兵じゃねーよ」 雑に突っ込んで、ライは深々と嘆息した。ケニーリッヒ(仮)を抑え込んでいるガラとそのそばにいるもうひとりのアーランド兵に視線を向けて、

「徽章と外套見ればわかるだろうが。こいつらはアーランド兵で、俺はデュメテア・イルトの依頼でこいつらを案内してきたんだよ」

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