第23話

 とはいえライは父王デュメテア・イルト本人に狙われることも警戒しているだろうから、その尖兵を常に身近に置く様な近衛兵の配備は嫌がるだろう。近衛兵はアーランド軍の最精鋭だ――彼にとっては、いつ後ろから襲ってくるかわからない相手を周りに並べておくのと同義だからだ。

 王都に居を構えるのを嫌がるのも、周りで都や町を守っている兵士たちがいつ敵になるかわからないからだ――現場に行くのを好むのも、その理由が含まれているだろう。

 そしてなにより、王都は近くに森が無い。対して彼が赴任する農村のほとんどは、そう遠くない場所に深い森がある。

 敵が裏切ったアーランド軍であれ地方領主の尖兵であれ叛体制派であれ、ライは彼自身が状況に気づいてさえいれば即座に対応出来る――の技能によって、ライは自分がどこにいるのかを正確に把握することが出来る。それは一度迷ったら出られる保証が無いために地元民でも入るのを嫌がる森の中に、平気で飛び込んでいけるということだ。

 エルンにおける人間の活動領域は狭い――いまだ人類は大陸から外洋に出る技術を獲得していないので、アーランドも含めたこの土地に住む人々はこの大陸以外に世界を知らない。

 そして大陸全体に占める人間の支配地域は、一説によるとわずか一割程度だと言われている――いわく、残る九割のうち二割が湖などの湖沼地帯と河川で一割がエルトフラン山脈の様な岩山、残る六割が森なのだそうだ。

 アーランドも多分に漏れず、また大陸南部の樹海の半分を領土内に収めているために森林の比率が高い――そして王国南部の樹海ほどではないにせよ、国土全体に占める森の面積がかなり広い。太陽の方向から大雑把な方角を知ることしか出来ないエルンの民が迂闊に踏み込めば、迷って死んでしまいかねないほどに。

 現にこの樹海だって、曲がりくねった川を下っているうちに自分がどの方角を向いて歩いているのかさえわからなくなった――頭上の開けた川下りだから太陽や月が見えていたものの、森の中を徒歩で歩いていたらすぐに迷子になっていただろう。なるほど、ライが叛体制勢力が追跡を躊躇うであろうと判断するのもさもあろうというものだ。

 ――ただ彼らを森の奥へ奥へと引き込んで、適当なところで姿をくらませればいいのだ。あとはなにもせずに放っておいても、彼らは元いた場所に戻ることさえ出来ずに飢え死にするか、あるいは肉食獣の餌だ。

 つまり――。現地で活動していることは、彼にとっては現場主義であると同時に護身手段でもあるのだろう。

 小さく溜め息をついて膝をかかえ、炎を見つめているライの横顔を横目で窺う。

 彼の警戒は理解出来る。実際に命を狙われた叛体制派敵対勢力がいて、用済みになったら切り棄てて殺しにきかねない相手デュメテアがいて、そのうえで自分の手で守らねばならない恋人メルヴィアがいる以上、まったくの無警戒というわけにはいかないだろう。だが――

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