第22話

「……申し訳ありません」 俯いたまま蚊の鳴く様な声で口にした謝罪の言葉に、ライがこちらに視線を向けるのが気配でわかる。なにに対する謝罪なのかは想像がついたのか、

「別に君たちが謝ることでもないだろう――この状況はしょせん結果だし、引き受けたのは俺だ。ただ、しばらくは身辺に気をつけなくちゃならんだろうな」

「でも――」 ライはそう言ってくれるが、今のままでは彼らふたりの生活は絶対に穏やかなものにはならない――普通の男女が望む様な静かで幸福な生活は、今のままだと彼らのもとには絶対に訪れないのだ。

 勇者の剣シーヴァ・ディーメルヴィアの力量に疑いは無いだろうが、それとこれとは別問題だ。アーランドには傭兵としての彼女の雇用は無い――そして、ライは自分で言ったとおりメルヴィアとふたりだけなら自分の農場で十分やっていける。せっかく戦いなどしなくても生活が成り立つのだからこれ以上手を汚させたくないという思いは、ライとしては当然のものだろう。

 過激派に命を狙われる。場合によっては、二国の関係改善を望まない貴族や豪族にも。

 そしてライ自身は、父王デュメテア・イルトに命を狙われることも警戒しているだろう――別に父でなくとも彼が農地改良に携わる土地の領主でもいいが、ライの恩恵を受けた領主たちの中には彼の存在をありがたがる者も疎んじる者もいる。

 ライが直接出向いて指導を行う以上、それで上がるのはライの名声であって国王や領主の名声ではない――おそらくライ本人は彼が自分で言った様に自分の目で状況を見て判断するためにみずから赴いているのだが、それを言葉通りに受け取る者ばかりではないだろう。

 ライの指導を受けていれば生産量が回復し、食糧事情が改善し税収が増加して国力も回復する。いいことばかりだと思うのは庶民の思考だ――、それが許せない貴族だっている。

 ライが農務卿の役職を引き受けてくれれば、単純に王権の代行者としての権力で事業を進めることは出来る――それを渋っているのも、ひとつにはあまりに若くよそ者の自分が大臣としての職権で貴族に指示を出せばそれもまた反発を招くと考えているからだろう。

 結局のところ、彼の土地改良事業は今彼がやっている様に現地に赴き、地方領主や農民たちと懇意になったうえで、命令ではなく要望する形で進めるのが一番いい――それが一番面倒になりにくい。

 でも――

 胸中でつぶやいて、リーシャ・エルフィは溜め息をついた。

 それだと王権でライを守護するのが難しいのだ――大臣が現地視察に赴いている形式なら、近接警護は近衛兵が務めることになる。

 だがただの一般人、それも元は自国民ですらない漂流者が相手では、近衛兵どころか一般兵士ひとりをつけるのにも財務卿や上級官僚が反対するだろう――ライが農地改良に手をつけた土地の食糧事情がどれだけ改善され、納税量が増え、住民の健康状態も回復したのかを思えば、彼が携わる事業の価値は近衛兵の経費などとは比べ物にならないと思うのだが。

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