第6話

 アーランド国王デュメテア・イルト・カストルがライとはじめて接触を持ったのは、ライがこの世界に飛ばされてきて数ヶ月ほどたったころのことだ――当時の王国は(今でもだが)十数年前の長期間の旱魃に端を発する王国全域の食糧難に苦しんでおり、それはガラの村でも同様だった。

 ライは彼と同様に日本から飛ばされてきた種苗店の社用車を樹海の中で偶然発見し、その車内に積まれていた種や苗を使ってガラの故郷の村落の近くで農場を造っていたのだが――過労と熱中症で倒れていたところをガラと妹のセリに拾われ、彼の村へと連れ帰られた。

 その後紆余曲折――というほどでもないが、彼らに酪農や農業の知識を教える様になったのだが、その結果ガラの故郷だけほかの農村に対して物納される租税の量がかなり多くなった。それが官吏を経由してだろう、王族の目に留まり、結果国王本人が王弟と当時の農務卿を伴って視察にやってきたのだ。

 そのときの会談の結果、ライが種苗の提供と技術指導を行うことで合意したのだが――エルディアから遣わされた国王ジーク・ルグスの使者が接触してきたのが、三年目の春先のことだ。

 用件はアーランドとの技術指導契約を破棄してエルディアに協力しろというものだったのだが、ライはそれを拒絶した――先約は後約に優先するものだし、それを受け入れればアーランド国内におけるライの信用は完全に失墜する。ただ同時に一応の妥協案を出し、アーランド・エルディア両国がそれを受け入れたことで、ライは両国の技術指導を並行して行う様になった。

 この先順調に進めば国王ジーク・ルグスの政権が維持されている間、彼の支持率が低下することは無いだろう。手段はどうあれ、彼の治世の間に国内の農村の一部はそれまでの十数倍の食糧生産量を誇る穀倉地へと変貌した。まだ国土全土の二割にも満たないが、このままライの携わる国家事業が順調に進めば十数年以内に国土すべてがそうなる。

 このまま開墾が進めば、食糧自給率を百パーセントに近づけるのも可能になるだろう。そして――

「――そして叛体制派の主張は見向きもされなくなる。どうせ奴らがほしいのは政権転覆の口実と、自分たちが政権を簒奪したあとに吸う甘い汁だ。国民の口に入る飯のことなんざ頭に無い――以前奴らが自国内の食糧自給率を改善出来ない無能だとジーク・ルグスを非難してた時期は本当に国庫が空だったが、奴らは仮に国庫に備蓄があったとしても民衆に分け与えたりはせずに自分たちで独占するだけだろう」

「そういうものなんですか」

「ああ、その光景が目に浮かぶよ――そもそも共産主義なんてのは、自分たちが王権を打ち倒して権力を簒奪し、甘い汁を吸うための題目だからな」 でも王でも貴族でもないから手駒が足りない、だから人類みな平等とか富を独占する国王を倒して富を分配しよう、すべては人民のものとか、そんな感じのことを叫ぶのさ――馬鹿を騙して手駒にするためにな。あからさまな嫌悪と侮蔑をこめて、ライはそう続けた。

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