第40話

 そしてこの場合、可能性が高いのは前者――彼らは最低限必要な量まで荷物を減らし、ここから離れて計画の次の段階ステップに移る。あるいはその両方、補給を受けてからここを移動するか――移動するのであれば直前に補給を受けるなどというのは荷物が増えるだけなので、可能性としては薄いだろうが。

 なんにせよ、あれはこの拠点ポイントを放棄する前の最終段階ステージ、最後の晩餐というやつだ。ちょっと違うか。

 それに連中が酒盛りに興じている今現在、襲撃のチャンスと言えるのは今から数時間以内――彼らは救出部隊がすでにすぐ近くにまで到達していることを知らない。王都カーヴェリーに国王デュメテア・イルト・カストルはもちろん、近隣に駐屯する軍が独自に救出部隊を派遣するのにもそれなりの時間が必要だ。

 救出部隊が派遣されても、連中はそれまでにここを離れている――彼らの算段通りにあと数日間は警戒の必要は無いと判断し、見張りを立てたりもしていないのだ。襲撃をかけるなら酔っ払いどもが深酒で判断を鈍らせ、もしくはそろいもそろってぐうすかぴいと眠りこけているであろう数時間以内が望ましい。

 ――むしろこの場合、時間はライの味方であるとも言える。偵察に時間をかければかけただけ彼らは食事で腹を満たし、酒精で判断を鈍らせ、やがては眠りに落ちる者も出てくるはずだからだ。

 対象を俯瞰出来ない状況での偵察の問題点は、死角が多いことだ――そのために見上げることしか出来ない状況での偵察は不完全なものになる。その点はいかんともしがたいが、時間をかけることである程度補うことは出来る。

 防壁上を注視したまま頭の中で二分間数えてみたが、防壁上に人が姿を見せる様子は無かった。砦の防壁は先述したとおり一部が崩落しており、したがって防壁上を一周することは出来ない。端から端まで往復するだけだ――そして防壁上を周回するにせよ往復するにせよ、その行程を一回こなすのには数分あれば十分事足りる。

 念のために十五分間経過するのを待って、ライは防壁上に巡察動哨はいないと判断した――それはもともと予想されたことだ。

 彼らの予定上はまだ事態は王室に露顕していないし、したがって周囲を警戒する必要も無い――それがわかっていて仲間が飲食に興じているのに、自分だけが警戒に集中出来るほどの訓練は受けていないだろう。

 彼らが油断しているという予想は大当たりだった――王女リーシャ・エルフィの拉致を実行したその日の日付も変わらぬうちに救出チームの鈎爪がすでに喉元に迫っているなどというのは、彼らにとって完全に慮外の事態のはずだ。

 シャラはどこにいるのだろう?

 連れの兵士たちには喰われているかもしれないと話したが、王女リーシャ・エルフィをシャラに乗せて手綱を持って歩くというのは賊たちにとって彼女の身柄を移動させるうえで非常に有用だ――なにしろ自分たちと彼女の体力差を考慮しなくていいし、自分の足で歩かせる必要が無いから手足を拘束したまま運ぶことが出来る。それによって逃亡の危険も無くなる――たとえ生き延びる望みが無くとも、王族ならば自分の身柄が利用される前に逃亡し死体が失われるか激しく損傷する形で自死することを選ぶ可能性は十分考えられる。

 俯臥せに突っ伏したまま地面に耳を当ててみると、先ほどよりも鮮明にどんちゃん騒ぎをしている連中の暴れる音が伝わってきた。それとは別に蹄を踏み鳴らす音が聞こえてきたので、シャラは見えないだけでどこかにいる――少なくとも一頭は。

 歩いている足音は聞こえない。やはり巡回動哨パトロールはいない――それどころか立哨すらいない。そしてその事実は王女リーシャ・エルフィをはじめとする監禁対象の監禁が万全で、逃亡の恐れが無いことを示唆している――施錠が可能で、そしておそらく逃亡を試みれば必ず誰かが気づく場所に幽閉されているのだ。連中が全員酔って寝入ってしまえばその限りではなくなるから、少なくとも監禁場所の施錠は確実なのだろう。

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