第25話

 深い森の中なので高温は心配しなくていいが、樹海における大敵は湿気と虫だ――それらを避けるために、ライは桐の木箱を用意した。三味線や和服などの保管に使う桐ケースに代わりにチーズや燻製類を納めている様なものだが、これだけでもこの多湿環境における保管状態は多少なりともましになる――木箱というのは木材ならなんでもいいというわけではなくて、湿度の変化による膨張と収縮の度合いで密封性がまるで違ってくる。

 湿気よけとして桐の箱が日本で古くから使われてきたのは、湿度の変化による膨張と収縮によって生じる隙間クリアランスの変化が極めて小さいという特性によるところが大きい。

 二番目が木材そのものの吸湿性だろう――木材が湿度変化に対応して湿気を吸収・放出することで、内部の湿度の変化を緩和する働きを恒湿性という。この働きは柔らかく比重の軽い材であるほど高いとされており、実際国産材の中ではもっとも比重が軽く柔らかい桐材がもっとも優れている。

 すなわちこの低温ながらも多湿環境においてレトルトでも瓶・缶詰でもない保存食糧を少しでも長期間持たせるには、桐の箱は必須のものだったのだ。

 あるふたつの目的で頭を悩ませながらエルディア国内の山地で開墾作業に当たったとき、たまたま桐によく似た木を見つけたのだ。一本倒して調べてみると間違い無く桐の近似種であることがわかったので、材にして試行錯誤を繰り返し、ようやく納得のいくものが完成した――日本の桐箱職人が見たらひどいと思うだろうが、一応の役目は果たしている。

 ふたつの目的とはひとつはここにある様な保存食糧の防虫防湿、もうひとつは収穫し籾殻をはずした米や、それに麦の保存だった。

 鷹の爪――唐辛子がこの世界にも存在していたので、それを使ってある程度の防虫は出来たが、やはり湿気よけは重要になる。プラスティック素材とゴムパッキンの様な、容易に気密シールを維持出来る資材も存在しない。

 これはライだけでなく、稲作農家やそれを租税として納められることになった地方領主などすべてに共通する問題だったが――とりあえず、ライはせっかく発見した桐を保存食糧の保管や米、麦の保管に使うことを真っ先に考えた。

 最初は家具職人に依頼したが、どうも巧くいかなかった――彼らはほかの木材の公差の大きな家具を作るのに慣れすぎて、逆にかつかつまでクリアランスを詰めて箱を作ることが出来なかったのだ。結局、自分で挑戦することになった。

 桐箱職人でもないライが十分な性能を発揮する桐箱を仕上げるのは非常に大変だったが、おかげで今では手提げケースから箪笥までなんでも作れる腕前になった。材料がエルディアの北のほうまで行かないと手に入らないし作業が大変なので、商売にする気は無いが。

 というライの返答に、リーシャ・エルフィが天井を見上げる。彼女はなにを思いついたのか表情を輝かせ、

勇者の弓シーヴァ・リューライ、勇者の箱シーヴァ・マイという商品名で桐の箱を――」

「作らないからね?」 商売にする気は無いって言ったじゃないか――というかぶせ気味の返答に、リーシャ・エルフィが不服そうな表情を見せる。そういう表情をするといつもの彫像じみた美貌が崩れ、年相応の少女に見えた。

「流出した外貨を取り戻すために、なにか強力な輸出品がほしいのです。ですからここはカミナリ印の勇者の箱シーヴァ・マイとか――」

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