第24話

「どしたの?」 ガラの入室に気づいて視線をこちらに向けたメルヴィアの問いに、

「手伝いが必要かと思いましてね」

「ありがと。じゃあこれお願い」 メルヴィアが手持ちの布でくるんだチーズを、渡されるままに受け取ってゆく――まだ切り分けていないチーズはあと三個、さすがに全部運ぶとなると結構なになる。が、シャラに運ばせるならたいした問題にもなるまい。

 メルヴィアは――どうやって扱えばいいかわからないのだろう――適当にくるむ様にしてリーシャ・エルフィのドレスを小脇にかかえ、ガラに通路に出る様に手で促した。その指示に従ってガラが外に出たところで、同じく通路に出たメルヴィアが――ライが言うところの――客室に向かって声をかける。

「ライ、これ箱はどうするの?」 メルヴィアが言っているのは、ライがこの場所でチーズの保管に使っている自作の木箱のことだ――メースを材にしたもので、ライが言うには湿気による膨張や収縮がほとんど無いらしい。

 わかりやすく言うと多湿環境に置かれても材が膨張して箱が開け閉め出来なくなったり、逆に乾燥しても材が収縮して隙間が出来たりしないのだ――そのため、ギリギリまで隙間を詰めて密閉性の高い箱を作ることが出来る。

 だからだろう、ライの自宅には米や小麦粉などの湿気を嫌う食糧を納めておくための桐箱がいくつかある――本人がニホンと呼ぶ彼の故国では穀類などの食糧品や衣料品、楽器などの保管に古くから使われてきたらしい。

「置いておいてくれ――また使うから」

「はーい」 ライの返答に間延びした応答を返して、メルヴィアがきちんと蓋を閉めた桐箱に視線を向ける――彼女はそれから、ガラの腕をポンと叩いて機体の外に出た。

 

   §

 

「ライ、これ箱はどうするの?」 通路の奥から、メルヴィアがそんな質問を投げてくる――彼女が言っているのはチーズやベーコン、スモークドソーセージなどの保存食を保管するのに使っている桐箱のことだろう。

「置いておいてくれ――また使うから」

「はーい」 投げかけた返答に、間延びした返事が返ってくる。それを確認して、ライは手元の鍋に視線を落とした。一応これで全員に行き渡ってはいる。

 返された食器のひとつを手に取り内側と縁を布で拭って自分のぶんをよそいつつ、

「まだあるからほしい奴は適当に」 日本語とエルンの言語でそう告げてから、ライは自分のぶんを用意した。意識して燻製肉を多めにとり、湯気の立つ液体が満たす食器の縁に口をつける。

「箱?」 かたわらにたたずんでユーコン・ストーヴの熱で指先を温めていたリーシャ・エルフィが、そんな質問を投げてくる。

「ああ――保存食の保管に使ってるメースの箱だ」 エルンでは桐箱は一般的ではないからだろう、リーシャ・エルフィが軽く小首をかしげる。昨夜と違って髪を下ろしているので、背中まで届く金髪が肩から零れ落ちた。

「そんなにいいものなのですか? その箱」

「ん? ああ、桐っていったら俺の国だと高級木材の代名詞だぞ。湿度による体積の変化が小さいから箱とか箪笥を設計図通りに作りやすいんだよ――米櫃から箪笥まで、使い道はいろいろだ」 北米大陸では外来種として駆除対象になっている桐ではあるが、日本では軽くて狂いや割れが少ない材としての特性から高級家具や琴、琵琶などの楽器、それにそのケースなどの箱の材として使われており経済的価値は高い。

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