第25話

 プランジャーの移動出来る範囲は側面の穴に重ならない様にある程度制限されているが、箱はプランジャーの移動によってその前後それぞれの容積が無段階的に変化する構造になっている――取っ手を動かしてこれを前後に摺動させることで一方では空気を取り込みながら、もう一方では側面の穴から空気を送り出す。送り出された空気は側面に開けられた穴に接続されたぐちと呼ばれる粘土で作った給気管マニホールドを通して、ユーコン・ストーヴの内部へと送られるのだ。

 手前と奥の板に開けた穴をふさぐ木片はいわゆる逆流防止弁ワンウェイバルブの役割を果たしており、側面の穴の外側にも同じものが取りつけられている。前後面に開けた穴をふさぐ木片は吸気の際はわずかに隙間を開けて空気を取り込み、送気の際には板に密着して空気漏れを防ぐ役割をしている――箱鞴は上下二層構造、もしくは側面にニ系統から送り出された空気をまとめるための部屋があり、羽口はここに接続されている場合が多いのだが、この鞴の場合は構造を単純にするために側面にY字型になった羽口を直接接続してある。

 箱の側面、底に近い位置のプランジャーの摺動範囲に重ならない場所には羽口に接続するための穴が二ヶ所開けられており、前後面と同じ様に木片でふさがれている――ただし内側から穴をふさいでいた前後面の穴と違い、こちらは外側に木片が取りつけられている。

 外側に開けた穴をふさぐ木片はプランジャーが押されて空気を送り出すときには開き、吸い込むときには閉じる様になっている――羽口は側面に開いた穴と炉の内部の噴気孔をつないでいるが、送気中に吸気側の空間につながる穴がふさがれていないと送気側から送り出された空気が吸気側に吸い込まれて効率が低下するからだ。側面の逆流防止弁ワンウェイバルブは送気側から送り出された空気が反対側に逆流するのを防ぐと同時に、炉の内部の炎や熱気が鞴の内部に逆流するのを防ぐ役割をしている――羽口をY字型にした関係上、鞴とユーコン・ストーヴの距離は普通の鞴と火床ほどの倍くらい開いていた。

 丁字型のハンドルを握って前後に摺動させるとストーヴ内部の穴から風が吹き出し、それに煽られて松明の炎が一気に激しくなった。松明の上に落ちた薪に燃え移った炎が大量の風に煽られて、またたく間に薪全体を包み込む――松明の木製の軸も、すでに炎に呑まれつつあった。

 それを確認して、煙突から数本の薪を追加で投げ落とす――ユーコン・ストーヴは一度火がつけば、冷却消火や風が原因で火が消えることはまず無い。送気の風で吹き消えない程度に炎が安定すれば、あとは鞴によっていくらでも火勢を煽ることが出来る。

 さらに何度か鞴の取っ手を前後させてから、ライは腕が疲れたのでその場で立ち上がった。

 鞴は先述したとおり大量の空気を送り出すポンプなので、送気の行程にはかなりの抵抗がある――自転車のタイヤの空気入れと同じだ。箱鞴は目いっぱいまで吸気したときと完全に送気したときの容積差が大きいほど効率が上がるのだが、大きいほど圧送する空気の量が増えるからだ。ものによってはそのまま動かせば蓋が浮き上がってそこから空気が噴き出し、蓋の上におもを載せれば今度は鞴ごと動いてしまう(※)。

 そのためこの鞴は全高の三分の一程度を地面に埋没させ、さらに蓋の上に大量の鉄塊が置いてある――年中多湿環境に置かれているために、とうに錆に覆われてしまっているが。

 

※……

https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/e3/da1d4caf93b00e81464a392c6e120ff9.jpg

 加筆修正にあたって兵庫県三木市の金物神社に古式鍛錬とか見学に行ってるんですけど、そこにもかなり大型の鞴が設置されていました。

 蓋の上に大量の鉄塊が載せられていましたが、今思うとアレていのいい物置じゃなくて重石にされてたんですね。

 隣にある金物資料館には工具ケースくらいのサイズのポータブル鞴が展示されてましたが(写真撮影禁止とのことで写真はありません)、あれはどうやって固定してたんだろう?

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