第51話

 燃え残りの薪が爪の先ほどの炭化した破片となって残っているのは、刃先を軽く木桶の内側に打ちつけて灰だけを落としてから炉の中へと戻す――さすがに前回来たときから一ヶ月以上経過しているので、助燃触媒もその役目を果たしきれなかったのだろう。木炭を残して灰の大部分を木桶に移してから、ライはいったん小屋の外に出た。

 薪棚から数本の薪を引っ張り出し、それを小脇にかかえてふたたび小屋へと取って返す。

 今回は丸太を玉切りする作業をする気は無い――ユーコン・ストーヴのそばでかがみこむと、ライは薪の一本を手に取った。玉切り用の鋸も薪割り用の斧や鉈も手元に無いので、わざわざ運び出す意味も無い――だからとりあえず積み上げた丸太はそのままだ。

 基本的にこの樹海の中の野営地に刃物は置いていない――湿度が高いので、未塗装箇所のある金属製品を置いておいてもどうせすぐに錆びてしまうからだ。それは比較的錆に弱いATS-34などのステンレス鋼でも例外ではない――この世界には成分を調整して金属を作る技術が無いので、意図的に耐蝕性の高い鋼を作ることは出来ない。ライも青紙あおかみ白紙しろかみなどのやすはがねや154CM、VG-10やBG-42、440CやD2、SPG2、OU-31やATS-34といったステンレス鋼の性質や成分は熟知しているが、それを実際にどういう工程で生産しているかという話になるとさっぱりだ――小学校の夏休みの自由研究でお年玉数年ぶんをはたいて親戚のつてで集めた砂鉄六トンと一年以上かけて焼き上げた木炭五トンを使って踏鞴たたら製鉄の真似事に挑戦したことがあるので、頑張れば玉鋼はいけるかもしれないが。

 まあ、アレは耐蝕性なんて無いに等しいしな――そんなことを考えながら右脚に括りつけたシースからストライダーの大型ナイフを抜き放ち、手元リカッソに近い部分を腕の太さほどの枝をふたつに割っただけの薪に喰い込ませる。足元の地面に埋めた平たい石に軽く叩きつけ、一部を削ぎ取る様にして割り進めていくと、分厚い刃に押し広げられた薪の一部が完全に裂けて剥がれ落ち、地面に倒れてパタンと音を立てた。

 割り取った細い薪を拾い上げ、襷掛けにした雑嚢を探る――平べったいナイロン製のケースを取り出すと、ライはスリーブ状のケースから真鍮のグリップを持つ大型のフォールディングナイフを引っ張り出した。

 使い込まれてすっかりくすんだ鞘と呼ばれるグリップには、竹林から顔を出した虎の刻印が施されている。

 兵庫県三木市にたった一軒だけ残った工房で生産されている、後守ごのかみと呼ばれるフォールディングナイフだ――ロック機構を持たない単純な構造のフォールディングナイフで、ロックの代わりにチキリという後方に伸びた突起部分を押さえることで不意の収納を防ぎ、同時にこれが鞘につっかえてブレードが反り返るのを防止する。

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