第50話

 竹の小屋の建材は地面に近い位置は緑色だが、屋根に近づくほど飴色に変色している。

 かやき屋根の古民家の屋根裏や天井から取れる竹建材のことを煤竹すすたけという――数百年使われてきた古民家の囲炉裏の煙で燻されて茶褐色や飴色に色づいた建材のことで、現存する古民家からリフレッシュ工事などで得られた煤竹を加工して工芸品を作る産業が存在する(※)。

 竹小屋は住居にするだけでなく、必要に応じてその中で火を焚いて燻煙を起こし、燃料として切り出した丸太を燻して乾燥させるのに使うことがある――その燻煙が建材の隙間から漏れ出し、小屋の主に上半分を飴色に変色させているのだ。

 ライは竹の衝立を持ち上げ、入口の脇に撃ち込んだ杭にセットし直した――入口手前に数本撃ち込んだ杭は出入りを確保しながら大型獣などの侵入を防ぐために間隔を調整するためのものだが、こちらは資材の搬入と搬出のために衝立をどけておくためのものだ。

 衝立をどけると、入口をカーテン状のナイロンシートがふさいでいる――もとは海上へ不時着した際のための膨張式ボートラフトの一部で、内部で火を焚いたときに燻煙が外に漏れるのを防ぐためにカーテンに加工してある。

 燻煙で変色し汚れたカーテンを押しのけて内部に足を踏み入れ、カーテンの下端部の筒状の部分に通した棒型の錘を持ち上げる――錘を軸にして巻物の様にカーテンを巻き取り、入口の枠の上の部分に撃ち込んだ釘に引っかけて収納してから、ライはにわかに明るくなった室内を振り返った。

 この小屋には窓は無い――そこまでの手間をかける必要性を見いだせなかったのと、開口部が多ければ多いほど煙が逃げて燻し作業の効率が落ちるからだ。

 小屋の中にあるのは調理用のユーコン・ストーヴと、それとは別に石で囲われた焚き火のためのスペース。箱鞴の羽口はユーコン・ストーヴにだけつながっている――焚き火の囲いは基本的に照明を目的にしたもので、基本的にそこで調理はしないので火力は必要無い。

 衝立があるので、大型獣が入り込む気遣いは無い――メルヴィアを小屋の中に入れる前に小屋の周りを一周して小屋周りの地面を掘り返した痕跡が無いことは確認しているので、室内にいるとしたら衝立の隙間から入り込める鼠の様な小動物だけだ。

 室内に残ったままになった玉切りされた丸太は、前回ここを去り際に残していったものだ――室内で生木を混ぜた火を焚き、不完全燃焼によって生じた煙で室内を満たして防腐性を高めると同時に室内温度を高めて丸太を乾燥させる。室内でくつろぐ前に、いちいち丸太を片づける必要があるのが面倒だが。

 とはいえ、それも仕方無い――以前と違ってこの小屋で燻製の作業を行うことは無くなったが、それでも滞在すれば燃料は消費する。

 幅広の革製のベルトの腰回りにつけたポーチから折りたたみ式のシャベルを取り出しながら、ライは小屋の入り口へと足を向けた。入口の脇に置いてあった灰まみれの木桶を手に取り、ユーコン・ストーヴの炉の内部を覗き込む――ライはこんもりと堆積した灰を組み立てたシャベルの刃先で掬い取り、木桶の中へと流し込んだ。

 

※……

http://life-imatate.com/kunensusutake.html

 古民家由来の煤竹が採れなくなったため、現在では燻製窯を用いて人工的に色づかせた竹が工芸品に用いられています。

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