第69話

 

   §

 

 彼らにとっての重要人物V. I. P.であろう少女と日本刀を持った褐色の肌の少女がスロープの上へと姿を消し、それと入れ替わりに誰かが斜面を降りてくる――姿を見せたのは、あの変わった形状のアーチェリー用の弓を持った日本人の若者だった。

 長髪をうなじのあたりで束ね、右の目元には小さな泣き黒子がふたつ並んでいる。左の眉尻の真上あたりに髪の生えている範囲と額の左端にまたがる小さな傷跡があり、毛根がえぐれているのか髪の生え際が一部欠けて無くなっていた。

 左脇にハードレザーでこしらえたホルスター状のケースを吊っており、あのアーチェリー用の弓はそこに納められていた。左脇下から弓の上半分が突き出しているので動きやすそうには見えないが、両手を空けられるだけでもだいぶ違うだろう――少なくとも両手でそれぞれ荷物は持てる。

 衣服は木綿の厚手の上下で、広範囲に当て布がされており、色はともかく西部劇に出てきそうな革のオーバーパンツ――チャップスの様にも見える。おそらく意図的にだろうが土で汚されており、草の切れ端がくっついた衣服は茶色を主体に緑や暗い赤、黒を斑点状に配した染色が施されている――土で薄汚れたマント状の外套をしばらく眺めてから、彼はそれがどういう意味を持つのかに思い当たった。軍隊で使う野戦用の迷彩服だ――座間にある祖父の家の近くの自衛隊の駐屯地の隊員が、冬場に羽織っている上着の秋冬用の迷彩柄によく似ている。

「あ、あんた――」

「よう、おとなしく待ってた様だな」 若者は紐でまとめた鍵束を指先でくるくると回しながら級友の言葉にそう返事をすると、奥の牢のほうに視線を向けた。

「全員聞け。まず最初に言っておくぞ――これからおまえたちを解放といてやる。そのあと俺たちはここから移動するが、生き残りたいならおとなしくついてこい。文句も意見も聞かない――俺たちはおまえらを助けにここに来たわけじゃないからな。拒絶して自分たちだけでどこかに行くのは勝手だが、迷子になっても責任は取らない――野垂れ死にする可能性もある。可能性もあるというか、間違い無く野垂れ死ぬだろう――反論はあるか?」

「否、反論よりも――ここはどこなんだ?」

「エルン。ここの住民たちはそう呼んでる――少なくとも地球じゃないことだけは間違い無い」 若者は誰かの口にした質問にそう答えて、言葉を選んでいるのかちょっと考えた。

「あまり細かいことについては聞くな――生存に成功したのは俺が最初の様だが、俺がに移動してきた最初の例ってわけじゃない。なんでこんなことになってるのかは、俺にもさっぱりだ」

 彼はそう言ってから一度言葉を切り、手にした鍵束の一本を適当に選び出しながら彼らの閉じ込められた牢へと歩み寄った。

「俺は龍華たちばなあずま――こっちの連中にはライと呼ばれてる。どっちでも好きなほうで呼べ」

 彼はそう名乗ってから、格子扉とその周囲の鉄格子に絡める様にして巻きつけられた鎖を施錠する錠前をはずしにかかった。

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