第57話

 対して馬がつながれているのは普通の荷車で馬車として使うことも出来るが、先述した通り装甲馬車の牽引馬用の馬具とは互換性が無い。ついでに言うと飼育され訓練された騎乗用、あるいは運搬用のシャラというのは非常に高価なうえ基本的に所有者登録制で、野生馬を自分で捕まえる以外の方法では管理外の調達が難しい。

 それに、あの荷車にはそもそも馬車として使うための牽引用器具が取りつけられていない――荷車は自分たちで牽いてきたのだろう。

 つまりあれは彼らが荷車に積んだ樽を運ぶのに使ったシャラではなく、リーシャ・エルフィの乗っていた装甲馬車を牽いていた馬だ。

 荷車の積み荷は樽――この世界における、木箱と並ぶ一般的な梱包手段だ。

 馬を車輪につないだ荷車のそばに、数本の樽が立ててあるのがわかった。荷車に積みっぱなしのものもいくつかあるが、降ろされた樽はすべて蓋がはずされており、それらとは別に直径の異なる金属製のリング状の部品がまばらに草の生えた地面に大量に投げ棄てられている。

 樽を外側から結束し、強度を維持するためのたがだ――分解するとき以外に取りはずす様なものではないから、不要になった樽を解体して燃料にしたのだろう。樽は安価なものではないので、連中の資金調達に奔走している人間がその末路を目にしたら怒り狂うに違い無い――まあどうでもいいが。

 箍の数から計算する限り、解体された樽は六本、否七本――大陸南部で用いられている樽としては大きめなものに属する。

 まだ残っている樽のうちひとつは開口部をふさぐ様に載せられた蓋の上に樽のミニチュアの様な木製のジョッキが置いてあり、飲料水用のものであることを窺わせた。

 荷車には未開封の樽が思ったより多く載っている――あれが全部食糧や水だと仮定すると、到底今夜と翌朝で使い切れる量ではない。

 否、翌朝以降の携行糧食の可能性も無いわけではないが、だとするとあと数日は仲間との合流の予定が無いことになる。

 ――あるいは、食糧品以外の荷物。

 じっくりと考察している暇は無い――陰に紛れてはいるものの兵舎からは視界に入るし、広場にいる連中だって目のいい者は見上げれば通路のへりから突き出したライの頭に気がつくだろう。樽の中身はあとで確認すればいい。

 視線を転じると彼らの装備品が東の入り口から入ってすぐ左手、南側の隅のところにまとめてあるのがわかった。刃渡り七十センチほどの長剣ロングソード棍棒クラブ、武器というより作業用の手斧ハンドアクス短弓ショートボウと矢がほとんど残っていない矢筒。

 真新しいわけではないが明らかに仕立てのいい外装を与えられた曲刀が混じっているのは、つまり襲撃現場に残された近衛騎士たちの装備品を略取してきたものだ――使い古しという感じではなくただ単に作りの悪い外装に納められた彼らの本来の武装は直剣で、シルエットだけでも容易に判別出来る。アーランドの近衛騎士団の標準装備品、殺した騎士たちの装備を奪ってきたのだ。

 だが、全員ぶんではない――どのみちここを引き払うときには棄てていくだろう。アーランドやその近隣諸国では、刃渡りや柄の長さが定められた一定の大きさを超えるものは民間人の所持が禁止されている。

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