第2話
「胡椒」
横から鍋を覗き込むリーシャ・エルフィの問いにそう答えると、彼女は知らない単語に軽く小首をかしげた。
「こしょう?」
「ペッパーのほうが言いやすいか?」 首をかしげるリーシャ・エルフィに、そう続けておく――あるいはカリミルチとかでもいいかもしれないが。
「向こうの香辛料の一種だ」
エルンには胡椒が存在しない――気象条件の違いによるものなのかもともと種として存在しないらしく、流通している香辛料は唐辛子の仲間とビィパーズ、つまり沖縄でみられる島胡椒に近いもので、インド原産のいわゆる胡椒の近似種は存在しない。
近縁種であるヒハツモドキ、つまりビィパーズが存在しているから、ほかの大陸も含めて探せば見つかるかもしれないが――外洋航海技術の存在しないエルンには外洋貿易の概念そのものが無いので、少なくともこの大陸においてライが持ち込んだ胡椒は稲と同様完全な外来種であると言える。
「今までアーランドでもエルディアでも出回ってませんでしたよね?」 はじめて聞きます、というリーシャ・エルフィの問いに、ライはうなずいた。
「今までどこにも植えてなかったから。手元に苗はあったけど俺の故郷だと専用の設備が無いとうまく育たないから、俺も今まで育てたことが無かったんだよ」 胡椒は熱帯性植物なので、栽培地は東南アジアや中南米など赤道に近い緯度の地域に限定される――最低でも温度が七度程度なければならないので、日本では一部地域を除いて温室が無いと育てられない。温室そのものは祖父が所有していたが、スーパーで一山いくらで手に入る香辛料をわざわざ自分で育てる必要も見いだせなかったので、ライは触った経験も無く手探りの状態だった。
ただアーランドは亜熱帯性に近い気候で、米の二期作もやろうと思えば出来るほどに平均気温が高い――胡椒は高温多湿を好む反面強い日差しに弱く、大降りの雨と相性がいい。そのため原産地であるインドなどでは生きた木の根元に植え、枝葉の木陰の中で育てる方法が一般的に行われている――日照も豊富だが常緑樹ばかりで木陰に不自由せず、雨の多いアーランドは悪い環境ではなかった。
「それでは最近栽培に成功したのですか?」
「否、収穫出来る様になるまで三年かかるから」 植えたのは四年前、と返事をしておく。
胡椒はインドやヴェトナムといった原産国であっても挿し木による栽培が一般的で、種子からの栽培は極めて難しいという――種苗店のスタッフも客を相手にやめておけと口をそろえる有様で、そのため日本などでも鉢に定植された苗木での販売が一般的だ。ライが手に入れたものも種子ではなく、挿し木されて鉢植えされた苗木だ。
ライが種苗店の軽自動車から回収したものは通常の蔓性の品種に加えて
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